剣士「消えた恋人を探せ!の巻」 - 1/3

魔術師「貨物船が魔物の襲撃に遭って全滅ねぇ…」ペラリ

剣士「それって今日の新聞?」

魔術師「ああ。最近はこういった話題が多いよなぁ。物騒な世の中になったもんだ」

剣士「なんでも、『魔王軍』って自称する魔物達がのさばってきてるらしいね」

剣士「魔王様の名の元に世界征服をしようとしてるってもっぱらの噂だよ」

魔術師「世界征服って…お伽噺じゃねーんだから」

剣士「ま、普通はそう思うよね。でも王子によると、結構おおごとになってきてるんだってさ」

魔術師「ふーん。あんまり実感湧かねぇなあ」ペラリ

カランカラン…

記事を読むのもそこそこに紙面をめくる魔術師の耳へドアベルの音が届く。

魔術師「お、依頼人かな。僕は先にこの新聞を片付けるから、剣士は応対よろしく」

剣士「りょーかい!」ドタドタ

【玄関】

剣士「こんにちは!ご依頼ですか?」

青年「はい。魔術師さんはご在宅ですか?」

魔術師「僕がここの探偵です」ヒョコッ

青年「ああ、よかった!もう頼れるのは貴方しかいないんです!」

剣士「まずはお話を聞こうか。応接間へどうぞ!」

【応接間】

魔術師「さて。コーヒーを飲んで一息ついたところで、早速本題に入ろうか」

青年「実は僕、一昨日に彼女へプロポーズしたばかりなんです」

剣士「おお!返事は?」

青年「イエスでした!彼女の好きな宝石をあしらったデザインの指輪をプレゼントして…あの時の嬉しそうな顔は一生忘れません」

青年「ですが昨日の朝、僕達を悲劇が襲いました」

魔術師「悲劇?」

青年「僕の彼女が、忽然といなくなってしまったんです」

青年「彼女の家に行ってももぬけの殻ですし、彼女は早くに両親を亡くしているらしいので家族へ連絡をとることもできません」

青年「憲兵に言っても相手にしてくれる訳もなく、途方に暮れていたときにこの探偵所を見つけてお訪ねした次第です」

魔術師「ふむ…それは不可思議だな。ところで、お前って魔法は使えるのか?」

青年「いえ。剣術はまだしも、魔法の方はさっぱりです」

剣士「魔術師さん、何か気になることでもあったの?」

魔術師「ちょっとな。青年くんの周りから微かに魔力が感じられる」

魔術師「魔法使いならそれぐらい当たり前なんだが、魔法の心得がない人間が魔力を纏うのはおかしい」

青年「うーん…彼女はちょっとした魔法なら使えると言っていましたが」

魔術師「ちょっと魔法が使える奴と一緒にいるだけなら、ここまで長く魔力がこびりつくことはないんだ」

魔術師「最も、近くで大規模な魔法を使われ続けたら話は別だけどな」

魔術師「まぁとにかく、その彼女について詳しく聞かせてくれ」

青年「はい!ええと、彼女と僕は海の見えるロマンチックな公園で出会ってどちらからともなく話しかけて仲良くなってそれからそれから」ペラペラ

魔術師「別に馴れ初めは聞いてねえ」ビシッ

青年「うっ、意外と辛辣にツッコまれた」

魔術師「すまんな。彼女にプロポーズしてから失踪するまでの様子を教えて欲しいんだ」

青年「うーん…。といっても、どうでもよさそうなことしか思いつきませんよ」

魔術師「一見どうでもよさそうなことが真相に繋がることもあるんだぜ。なんでも話すといい」

青年「そうですね…彼女は歌が好きで僕もよく聞かせてもらうんですが、プロポーズしてからは物悲しい歌ばかり歌っていたような気がします」

剣士「それは妙だね。たぶん俺だったら幸せな恋の歌ばっかり歌うのに」

魔術師「ふむ。他には?」

青年「あとは、その日にご馳走された夕ご飯がカレーだったとか、彼女にしては珍しく真剣に新聞とにらめっこしていた、とかですね」

剣士「いいねぇカレー!今日の夕飯はカレーにしよっかな」

魔術師「じゃあ僕は中辛で。福神漬けも付けろよ」

剣士「はーい…って流されないからね!?自分の夕食は自分で作ってよ?」

魔術師「ちえっバレたか。そういやお前ってまだ士官学校の学生寮に住んでるんだったっけ?」

剣士「うん。寮の共同スペースに置いてある新聞は争奪戦が激しいから、毎日魔術師さんの探偵所でのんびり読んでるんだ」

魔術師「毎日欠かさず手伝いに来てくれると思ったら、新聞目当てだったのかよ!」

剣士「純粋に手伝いたい気持ちもちょっとはあるから安心してね」クスッ

魔術師「ちょっとって…」ションボリ

剣士「それはともかく、最近のニュースは…」

剣士「今朝は魔術師さんもご存知の通り、魔物が貨物船を襲撃したニュース」

剣士「昨日は山道で怪我をして動けなくなった人をとあるハーピーが助けたニュース」

剣士「一昨日は…ごめん。忘れちゃった」

青年「昨日の記事なら僕も見ました。こういったとき咄嗟に人助けできるのってかっこいいですよね」

魔術師「人間とは違って翼を持ってるから、こういう救助活動は得意なんだろ」

青年「翼のあるなしなんて関係ないですよ。人間だろうがハーピーだろうが吸血鬼だろうが、困っている人を見逃さずに手を差し伸べるのって素敵じゃないですか!」キラキラ

青年は身を乗り出し、熱く語り出す。

魔術師「お、おう…。お前、魔族に対しての差別とか偏見とかは全然ないんだな」

青年「はい!友人にもよく言われます、純粋で情熱的なのが僕の取り柄だって」

剣士「うんうん、素敵なことだと思うよ」

魔術師「ま、これぐらいでいいか。あとは君と彼女さんの住所を教えてくれ。何かあったらそこに連絡しよう」

青年「わかりました!まず僕の住所は…」

青年が帰ったあと、探偵所にて。

剣士「恋人の失踪かぁ。いなくなってからまる一日経ってるとすると、最悪の事態も考慮しなくちゃね」

魔術師「だな。新聞で見た通りの物騒な世の中だし、誘拐ってセンも捨てきれねぇ」

魔術師「何はともあれ、まずは彼女さんの家へ行ってみよう」

【彼女の家前】

剣士「はぁ…疲れた…」

魔術師「まさか馬車から降りて一時間も歩く羽目になるとはな…」ゼエゼエ

彼らの背後には、長く峻険な道のりが広がっていた。

剣士「魔術師さんって転移魔法とか使えないの?」

魔術師「無理だ。転移魔法を使うには特殊な魔力が必要でな」

魔術師「魔法に長けた魔族じゃねーと使えないんだよ」

剣士「へー。近くにその人たちが居ればいいんだけど」

魔術師「お前、帰り道は送ってもらう気満々だな?」

剣士「だってこんな獣道、もう歩きたくないよ」ハア…

魔術師「まぁな…。そこらへんはおいおいどうにかするとして、早速家に入るぞ」

剣士「入って大丈夫なの?」

魔術師「青年から許可と合鍵は貰ってる。彼女を探し出す助けになるなら、とあっさり快諾してくれたぞ」

剣士「えぇ…。なんか俺らの方が犯罪者みたいだね」

魔術師「こういう時は女性の助手でもいればよかったんだがなぁ。人手不足の僕達には文字通り縁のない話だ」

剣士「彼女さんごめんなさーい…」ガチャッ

【家の中】

魔術師「一見普通の部屋だが…」

剣士「なになに?もう何か見つけちゃった?」

魔術師「見つけるというか感じるというか…」

魔術師「この家の中全体に、物凄い魔力が溢れてるな」

剣士「家の中に魔力?」

魔術師「普通の人間にはとても出せないような魔力の量だ。しかもさっき話題に出した特殊な魔力も混じってやがる」

剣士「というと、この家に魔族が来た痕跡があるってこと?」

魔術師「そうだ。それもこの濃さは一日二日じゃない、ほぼ毎日のように入り浸ってるな」

剣士「その魔族が彼女さんを誘拐したのかもしれないね」

魔術師「まだ断言はできねぇ。他に手がかりになりそうな物も探すぞ」

剣士「イエッサー!」

剣士「魔術師さん、この扉ってどうやって開けるの?さっきからビクともしないんだけど」

魔術師「なに?…ふむ、どうやら魔法で施錠されてるみたいだ」

魔術師「ちょっとややこしいが、これぐらいなら無詠唱でぱぱっと開けられるぞ」スッ

ガチャ…

剣士「こ、これは…」

魔法で施錠されていたドアを開けると、そこには非常に大きな水槽が鎮座していた。

まるで水族館のように、大小様々な種類の魚が海藻と共に悠々と泳いでいる。

魔術師「アクアリウムか?やけにでかいな」トンッ…

剣士「凄いよ魔術師さん!この水槽、海の生態系がバッチリ再現されてる!」トントン

魔術師「おい、あんまり叩くなよ?中の生き物がビックリするだろ」

剣士「梯子も立て掛けてある!入ろうと思えば俺も水槽に入れちゃうね」ガタガタ

魔術師「入るな入るな。ったく、まだまだ学生気分が抜けてねーな」

剣士「まだまだ学生剣士ですから!」ドヤッ

魔術師「ドヤるとこかそこ?」

剣士「それにしてもこのアクアリウム、本当に大きいね」

魔術師「さっきの剣士じゃないが、僕一人入っても十二分に余裕のある大きさだな」

魔術師「まるで海そのものを飼ってるみたいだ」

剣士「こんなオシャレな趣味、青年さんは一言も言ってなかったよね」

魔術師「だな。だがそもそも魔力で塞がれた部屋に置いてあるんだ、魔法の使えないやつにはどうしようもないだろうさ」

剣士「そうだね。彼女さんは恥ずかしくて青年さんには隠してたとか?」

魔術師「別に水槽作りは恥ずかしい趣味じゃないだろ」

剣士「乙女心が分かってないなあ。もしも魔術師さんに恋人が出来たとして、
『私、アクアリウムが趣味なの♡』
っていきなりどでかい水槽を見せられたらどうする?」

魔術師「うーん…確かにちょっと引く…かもな…」

剣士「でしょ?勇気をだして打ち明けたとしても、相手が魔術師さんみたいにドン引きしてきたらショックだもの」

魔術師「おい、ナチュラルに僕をディスるなよ」ムッ

剣士「あはは、ごめんごめん」

剣士「他になにか妙なものはあった?」スタスタ

魔術師「こういう時に一番怪しいのはタンスやクローゼットの中とかなんだが」スタスタ

魔術師「失敗したな…引っ張ってでも青年くんを連れて来れば良かったぜ」

魔術師「恋人なら百万歩譲って許されるかもしれねーが、流石に妙齢の女性のクローゼットを赤の他人の僕らが開けるのはちょっとな…」

魔術師「い、いやでもやむを得ない事情だとしたらOKか?開けちゃっていいのか?漁っていいのか?下着とかも見ちゃっていいのか?」ブツブツ

剣士「駄目だよ魔術師さん!俺たちは信用商売だから!そんなことしたら二度と依頼人が来なくなっちゃうから!」

剣士「いくらモテないからって最後の一線は越えちゃ駄目だ!」グギャッ

言うが早いか、がっしりと握られた拳が魔術師の下顎を襲う。

魔術師「ぐおっ痛ってえ!そこまでやらなくてもいいだろぉ…?」フラッ

剣士「あっ、ごめん!つい全力でぶん殴っちゃった」

魔術師「“つい”で迷わず僕にアッパーカットをかますとはな…」フラフラ

魔術師「ちょっとした…冗談のつもり…だったのに…」バタン

剣士「わー!魔術師さーーん!!」アセアセ

〈数時間後…〉

魔術師「うぅ~ん…ここは何処だ…?」

剣士「やっと目が覚めたね。彼女さん家のリビングだよ」

魔術師「そうだった。確かお前の毒牙にかかって倒れたんだった」

剣士「そうそう、だからとりあえず近くにあったソファに横たえて…って、人聞きの悪い言い方はやめてよ!」

魔術師「事実だろ、人体の急所を的確に狙ってきやがって。魔法使いの貧弱さ舐めんな」ムスッ

魔術師「もう剣士は辞めて武闘家にでも転職したらどうだ?」

剣士「いやです~!俺のアイデンティティが崩壊しちゃう」

剣士「まったく!起きて早々そんな憎まれ口を叩けるならもう大丈夫だね」

剣士「魔術師さんが変な気を起こさないうちにとっとと帰るよ!」

魔術師「冗談だって言ってんだけどなぁ…」

魔術師「ま、あらかた調べ終わったからいいか。あんまり女性の部屋を漁るのも悪いし、さっさと帰ろう」

剣士「うんうん。お邪魔しましたー」ガチャリ