3.怪しい錬金術師

 そして、騒動が終わって次の日のお昼。イオニアとカルメは街へ出て買い物をしていた帰りに、ふと噴水前の広場が騒がしいことに気が付いた。今日は何も催しがないはずなのに、なぜか謎の人だかりが出来ている。
 イオニアは今回の戦利品、ジベラルタ国からの輸入品のコーヒー豆を入れた袋を左手に下げながらカルメに話しかけた。
「なんだろうね、あれ。面白そうだから行ってみようよ」
「ええ? 人混みは昨日でこりごりなんだが」
 乗り気でないカルメを引っ張り、イオニアはすたすたと広場へ向かっていった。どうやら人だかりの中心にいるのは一人の人間の男性らしい。白い髪、ハネて緑に染まった毛先……イオニアは流石にすぐピンときた。あの人、ディルフィスさんやドロシアさんと似ている。
 しかし彼は、昨日イオニア達が会った白髪兄妹よりもどことなく軽いような、悪く言ってしまえばちゃらんぽらんな雰囲気だ。黒いシャツに白い手袋をはめて……と服装こそしっかりしているが、彼が広場で何をやっているかというと。
「さぁさぁ寄った寄った、錬金術を間近で体感できるチャンスだよ! んんっ、武器を強くしたいって? いいよいいよ、さあこっちへ渡したまえ!」
 見るからに怪しげな彼の胸元程の高さの壺を目の前に置いて、まるで大道芸のようなテンションで観衆に声をかけているのだ。彼は周りに集まって来ている冒険者や主婦から武器や道具を預かり、錬金術と称してそれらに改造を加えているようだ。
「なあ、アレ。本当に錬金術師だと思うか? それとも錬金術師ごっこをしてる大道芸人だと思うか?」
「うーん……」
 遠巻きに彼を見ていたカルメは、同じく横で立ち止まっているイオニアに声をかけた。錬金術師(?)は壺の中で内密に仕事をしているようで、遠くからでは何がどうなっているのかよくわからない。
「もうちょっと近づかないと、何やってるかわかんねぇな」
 そう言ってカルメは人混みを掻き分けようと無理をして前に進もうとしたが、不注意で前に立っている少女にぶつかってしまった。
「きゃっ」
「っと、すみません」
「いえ、だいじょうぶです……あっ、カルメさん?」
 振り返った少女は探偵魔術師の名を呼ぶ。見覚えのあるその顔は、つい昨日会ったばかりの見習い修道女カミーユだった。恐らく買い物帰りなのだろう、彼女は林檎を沢山入れた紙袋を大事そうに抱えている。カルメにぶつかられた衝撃でころん、とひとつの林檎が紙袋から逃げ出し、人々の足の間を華麗にすり抜けて広場の中心のほうへ駆けていった。
「あっすまん、今拾ってくるから——」
 カルメは林檎を追いかけようと更に人混みを掻き分けようとするも中々うまくいかない。しばし四苦八苦していた彼だったが、ふとある瞬間、まるで聖人の海割りのようにさっと人々の波が引いていった。
「この林檎、君のだね?」
 声の主はカルメには目もくれず、その背後に立っていたカミーユへ向かってきた。赤い果実は白い手袋に支えられ、少女の眼前に帰還する。
「あ、ありがとうございますっ」
 カミーユが顔を上げた先にはにっこりと笑う男性がいた。先ほど人だかりの中心にいた男だ。よく見ると中々の美青年で、林檎を少女に差し出す、その一連の動作でさえ様になっている。カミーユは頬を林檎のように赤く染めながら、たどたどしく果実を受け取った。
「んん、こほんっ」
 一気に二人の世界に入り込んだ彼らを見かねて、カルメがわざとらしく咳払いする。いじわるだなあ、と思いつつも、流石のイオニアもこの空気に気まずさを感じ始めていたので心の底で従兄に感謝した。
 白手袋の彼はやっとカルメ達に気づいたようで、カミーユの後ろに目を向ける。
「おや、君達はこの子の保護者かい? 君達二人はともかく、この子と君達とはあまり似ていないようだけど」
「俺たちはカミーユちゃん……ええっと、この女の子の知り合いです」
「ああ。僕はカルメ・ルン、こいつはイオニア・ラウティオ。僕ら二人は従兄弟同士だが、カミーユはこの町の教会の見習い修道女さ」
「教会かあ! 丁度良かった、僕もこれから教会に行く用事があってね。良かったら道案内を——」
 と、彼がそこまで言ったところで唐突に横槍が入る。「ちょっとちょっと、そこの人!」
 人混みをずんずん進んできたのは、昨日カルメ達が世話になった女性警官、ドロシアだ。
「エヴィアお兄ちゃん、こんなところで何してるの!」
 声をかけられた彼はドロシアと同じ、白い髪を風になびかせながら振り返る。
「誰かと思えばドロシアじゃないか! 元気にしてたかい?」
「見れば判るでしょ。それより! 今日、この広場は何処にも貸し出し許可を下ろしてないはずなんだけど。公共の場での無許可の興行は認められません! ちょっと警察にツラ貸しなさい!」
「え? あ、ちょっと待ってよ。マント引っ張らないで、伸びるから!」
 ドロシアはカルメ達への挨拶もそこそこに、さっさと彼——エヴィアを連れ去ってしまった。主役を失った噴水広場の観衆は瞬く間に散り散りになってゆく。
「結局、あいつが本物の錬金術師かどうか確かめそびれちまったな」
「だねえ。この国に錬金術師が来るなんて珍しいから、少し気になってたんだけど」
 広場に取り残されたカルメとイオニアはそうぼやく。彼らの横で、カミーユはどこか残念そうに目を伏せていたのであった。