6.『武器軟膏』実演ショー

「と! いうことで! これが僕の錬金術で作った薬、『武器軟膏』さ」
 出来たての消臭薬を談話室の机の上にことん、と置いてからエヴィアは言った。その横にはいくつかに分けられた薬包が置かれている。
 自称錬金術師であるエヴィアの錬金術ショーの観客は、教会関係者の三名に警察であるドロシア、そして探偵所ご一行であるカルメ、イオニア、カペラの総勢七名だ。彼らは談話室の机を取り囲むようにして集まり、全員が円の中心にいるエヴィアへと視線を注いでいる。
 エヴィアは周りと一望して満足そうにこくこく頷くと、薬包のうち一つをそっと手に取る。そして誰に聞かれるでもなく、大袈裟な身振り手振りを交えながら説明を始めた。
「ふふふ、この武器軟膏はその名の通り薬の一種さ。錬金術で作ることができる数多の物質のうちの一つ。普通の薬は傷口の患部に塗るけれど、この薬は違う。傷口ではなく、その傷口を作る原因となった武器に使うんだよ。武器『軟膏』と言いつつも軟膏状のものと粉状のものの二種類があってね、今回僕が作ったのは粉状のものさ。『共感の粉』っていうんだけどね——」
 彼によると、この『武器軟膏』は人間に使うのがメインであるものの、特殊な素材で作られている女神像にも効力があるらしい。武器と患者を魔力で結びつけて彼が作った粉薬を武器に振りかけると、不思議な力で傷が治る、という寸法だ。
 エヴィアは一通りの説明をし終えると、警察であるドロシアから一本のナイフを受け取った。一昨日、暴漢が件の女神像を傷つけた際に使用したナイフである。彼はそのナイフを刃が地面に平行になるような向きで左手に持ち、右手で薬包を握る。机の上には、汚れても良いように布が敷かれていた。
「さて。座学はここまでにして、実技に移ろうか」
 彼はくるくると口をまわし、牧師であるディルフィスに傷のついた女神像を机の上に置くよう頼んだ。そして白い手袋をはめた指先で武器と女神像の間の空中に魔力を通す。
 一同が像の傷ついた左肩を固唾を呑んで見守る中、エヴィアは開いた薬包を傾けてさりさりと粉状の『武器軟膏』をナイフの刃に垂らした。ぴりぴりとした独特の空気感の中、刃に落とされた粉薬はからからと小さな音を立てて鈍い灰色の地面を滑り、机へと落ちていく。
「うーん?」
「どうしたんだ、イオニア」
「いや、なんか違和感が……」
 観衆に混ざっていたイオニアは、この日女神像を一目見たときからずうっとなにか頭の中に引っかかるものを感じていた。しかし肝心のその原因がわからない。彼はカルメの横でもやもやを抱えたままエヴィアの錬金術ショーを見続ける。
「こうやって、患者を傷つけた武器に薬を当てればすぐに傷が治るはずだよ」
 からから、かつん。エヴィアが説明し終えるとほぼ同時に、薬包からナイフ、ナイフから机の上へと最後の粉が落ち切った。
「さて、これで女神像は——」
「治ってないわよ?」
 エヴィアの言葉を遮ったのはカペラだった。彼女が指差す先には、依然として傷ついた女神像が痛々しく佇んでいる。使い終わった武器軟膏と未だ修繕されていない女神像を交互に見て、錬金術師はぱくぱくと口を開け閉めしていた。ありえない、という顔である。
「そんな筈は……っ!」
 彼が女神像を手に取って、いくらじっくり見ても。女神像はただ静かに傷ついた身体で背筋をぴんと立たせている。混乱しているエヴィアをよそに、カミーユがおずおずと口を開いた。
「あのう……もしかしたらその女神像は、はじめから偽物のほうだったのではないですか?」
「こ、こらっ、カミーユ!」
 ディルフィスが彼女の言葉に被せるようにして叫ぶと、カミーユはびくっと身を震わせる。その近くにいたレーニアは、困ったような笑みを浮かべていた。
 偽物? なんだ、それ。信者であるイオニアでも知らない単語だ。彼の頭に疑問符が浮かぶ。カルメ達も同じように固まっていたが、教会関係者は過剰に驚くでもなく複雑な表情で佇んでいた。どうやら、彼らは何かしらの事情を知っているようである。
「偽物って一体どういうことですか?」
 カルメがディルフィスに詰め寄ると、彼は観念したように息を吐いた。
「ばれてしまったものは仕方ない。実はね、ここの教会に置いている女神像は、普段は偽物なのだよ」
「ええっ、なんでそんなことを!」
 驚愕した声を上げたのはイオニアだ。無理もない、敬虔なアルハローラ教の信者である彼にとっては目から鱗の真実なのだ。牧師と修道女は宥めるような声色で説明を続けた。
「君達も知っての通り、この教会の名物となっている女神像は他に類を見ない貴重な聖品だ。だからむやみに一般人の手の届く所に置かれないよう、普段は本物そっくりの偽物を置いているのだよ。ほら、博物館でもレプリカ展示をしたりするだろう? それと一緒さ」
「そうして、大きなミサの時だけは本物の女神像を展示するようにしているのですわ。このことは教会で働く者にだけ伝えられているのですが——」
 レーニアはそう言って見習い修道女のほうをちらりと見た。カミーユは俯き、小さく縮こまっている。その様子はまるで部屋の隅に追いやられたハムスターのよう。見ていて可哀想になってきたカペラは彼女へ助け舟を出した。
「まあまあ、カミーユちゃんも悪気があった訳じゃないんでしょ?」
「ありがとうございます……あのっ、私、昨日のミサではあの女神像を偽物から本物に置き換えることを忘れてしまっていたのではないかと思うんです。つまり、ええと、昨日のナイフの方が傷をつけたのは偽物の女神像なのではないでしょうか?」
「ふんふん、なるほどね。あたしたちが本物だと思ってた女神像は、最初から偽物だったってことか。像が偽物なら、どっちにしても失敗するわよね」
「そ、そうですよね。あの像が偽物ならば仕方ないです。エヴィアさんは悪くありません」
 カペラがやれやれ、といったふうに大げさにリアクションをしながら慰めると、カミーユはほっとしたように胸に両手を当てる。偽物ならしょうがない、という空気が談話室に広がった。