11.事情聴取を終えて

 午後四時半から始まった大捜索はおよそ一時間半に及んだが、収穫はゼロ。やがてレーニアの勤務時間の定時が訪れたことで、尻切れとんぼのまま捜索は打ち切られた。
 レーニアは渋っていたものの、ディルフィスに宥められ退勤。ドロシアは帰りがけにこのことを警察の方へ報告へ。ディルフィスの頼みもありでカルメ達に頼ることを決め、レーニアと共に翌日の朝にカルメを迎えに行く役目を授かった。
 エヴィアはとりあえず宿に戻ろうとしたものの、土地勘が無いため心配だ、ということでディルフィスが宿まで送っていくことにした。
 そうすると教会にカミーユ一人になってしまう為ディルフィスはカミーユも連れて行こうとしたのだが、彼女は「もう一人でも大丈夫ですよ。私を何歳だと思っているのです!」と毅然とした態度で言い放ったのでカミーユは留守番することになったのである。
 かくしてディルフィスはエヴィアを『せせらぎ亭』という宿まで送っていったのだが、途中でエヴィアに押し切られて夕食を共にしてしまった。その為彼が教会まで帰ってきたのは夜の八時頃。
 そして——
「俺が教会まで帰ってきた時には、既にカミーユは私室で休んでいたようだ。礼拝堂をはじめとして教会内の明かりがほぼ全て消されていたから、光魔法を手持ちライトの要領で使って自分も私室に戻ったよ」
「成程。女神像が無くなった日の流れはよく分かりました」
 教会の事務室にて、ディルフィスから事件の概要を説明されていたカルメはそう言ってペンを止めた。これで全員からの聞き取り調査は終了である。彼の手帳には、恐らくカルメしか読めないであろう悪筆のメモ書きがびっしりと書き込まれていた。
「それで、肝心の女神像——ま、あれは結局偽物でしたが——をディルフィスさんが見つけられたのは今日のいつ頃なんですか?」
「今日の朝七時頃だよ。俺はいつもその時間に起きて、眠気覚ましを兼ねて教会の中をひと通り見回るんだ。そうしていつものルーティン通り礼拝堂に行ったら、なんと消えた筈の女神像が帰宅していた、というわけさ」
「ふむ、ありがとうございます」
 依然として手帳から目を離さぬまま、カルメはそう答える。その横できちんとディルフィスと向き合い、真面目に話を聞いていたイオニアは今の聞いたことを整理しつつ、うーむと考え込んだ。
 ディルフィスの話によると、昨日の朝九時にレーニアが女神像の姿を確認してから夕方の四時過ぎになるまで女神像の在処をきちんと確認した者はいない。
 そして教会関係者三人とも、それぞれその時間帯の中で一人になるタイミングはいくらでもあった。
 ディルフィスは朝九時から午後四時までずっと礼拝堂にてひとりで仕事をしていたし、レーニアも同じ時間帯はひとりで教会の部屋の支度をしていた。
 カミーユだけは午後三時半まで教会の外に出ていたので、彼女が容疑者である可能性は他の二人に比べて低くなる気がする、というのはイオニアの見解だ。
 そして女神像が再び出現したのは、昨日の午後六時から今日の朝七時の間である。
 この間、ディルフィスとエヴィアはざっくりと夜の八時頃まで一緒にせせらぎ亭にいた、というアリバイがある。しかしそれ以降は、特に主だったものはない。
 ドロシアとレーニアは午後六時に教会を後にしてから、今日の朝に探偵所に来るまで教会に寄っていない。因みに彼女達が探偵所にやってきたのは、時刻にして午前十時だった。これはイオニア自身が時計を見て確認したので、確かな事実である。
 イオニアがうんうん唸っている間に、ふとカペラがディルフィスへ質問を投げかける。
「ねねね。ずうっと気になってたんだけど、あの女神像って一体どれくらいの値打ちがあるものなの? 売ったら高くつくのかしら?」
「そうだな……女神像というよりは、像を形作っている材質が希少なものらしくてね。普通は人工的に魔力を付与しない限り、鉱石が魔力を纏うことはない。けれどたまに、突然変異みたいな要領で天然の魔力を纏う鉱石が発掘されることがあるんだ。一般人はそれ程値打ちを感じられないけれど、魔法使いや賢者の冒険者にとっては金に糸目をつけなくとも欲しい逸品だと思うよ」
 ディルフィスの返答を聞いた魔術師カルメが僅かに眉をぴくりとさせたのを、イオニアは見逃さなかった。お願いだからもし女神像が見つかっても『僕にくれ!』なんて言い出さないでよ、と心の中でぼやく。
 しかし彼の心配をよそに、次に発言したのはカルメだった。
「いいですねえ、天然の魔法鉱石。もしディルフィスさんが自分でその魔法鉱石を手にしたら、まずどうやって使ってみたいですか?」
「ふふふ、変なことを聞くね。俺なら……うーん、俺は本職の魔法使いではないから、実用方向には持っていかないな。やっぱり実家の宝物庫に押し込んでおくかな?」
「ははは、なら僕はセフェリアディス家の宝物庫からソレを譲って頂けないかどうか打診しますね」
「それはどうだろう、エヴィア辺りは珍しがって欲しがってしまうかもしれないな」
 ふふふははは、と妙なやりとりをする二人。質問の意図が読めないイオニアとカペラは急拵えの笑い声の共鳴にただ不気味がるのみである。それに気付いたカルメは軽薄そうな笑みを浮かべ、楽しげに彼らへ説明した。
「ははは、アリバイが駄目なら動機から攻めないとな。教会の関係者全員に犯行のチャンスがあるんなら、一番納得のいく動機を持ち、それに都合の良い犯行計画を練ることができるのは誰なのかっていうところから考えていくしかない」
「だね。俺も自分で事件のことを説明していくうちにそう思ったよ」
 ディルフィスはくつくつと笑いながら言った。どうやらこの牧師、職に似合わずノリは良いらしい。
「さっき全員に事情聴取した時のメモがまだ殴り書きなんだ。これから整理するから、皆で談話室に戻ろうぜ」
 カルメはイオニア達に向き直りつつ言う。かくして事務室を後にした一同は、丁度お昼時だということで全員で昼食を頂くことになったのであった。