12.なごやか推理談義

「どうだい探偵くん。犯人はわかりそうかい?」
「おいエヴィア。肩を組んでくるな、鬱陶しい」
 和やかな昼食会場跡地となった談話室。教会関係者の面々は各々の業務へと戻り、部屋には客人であるエヴィアとドロシア、そしてカルメ達三人が残って食後のティータイム。
 食卓を共にしたこともあり先程より幾分か距離の縮まった彼らは、カルメを中心にして今回の事件の謎に力を合わせて挑戦中である。尤も、一部距離感のおかしい人物もいるが。
 カルメはいつの間にかソファの隣に座ってきていたエヴィアを心底めんどくさそうに払いのけながら、右手に持ったペンで手帳をかつかつと叩いた。
「さて。僕達が話を聞いた限り、女神像がすり替えられたタイミングとして考えられるのは昨日の午後四時から今日の朝七時までのタイミングだ」
「えっ、四時?」
 その物言いに引っかかるものを覚えたイオニアは思わず口を挟んだ。話の出鼻を挫かれたカルメだったが、さもありなん、という風に訳知り顔でイオニアの言葉に耳を傾ける。
「どうした、言ってみろ」
「だって昨日、午後四時から六時までの間みんなで女神像を探したんでしょ? それで見つからなかったんだから、すり替えのタイミングは午後六時から次の日の午前七時じゃないの?」
 カペラ達も傍らでうんうんと頷いている。その横でドロシアは、一人納得したような顔付きで話を聞いていた。
「ドロシアさんは職業柄判るかもしれねぇが、こういう一人一人がバラバラに動く捜索は犯人が犯行を実行する絶好の機会なんだ」
「どういうこと?」
 カペラが訊ねると、カルメは活き活きとして話し出す。
「こういう形態の捜索は、犯人が本物の女神像を隠した場所を自分で調べて、自作自演で『ここには無かった』と宣言するだけで周りの人間を納得させる、という古典的なトリックが使用可能だ。時間が無いから手分けして探してんであって、わざわざみんなで調べ直したりすることもしないからな」
「そうなんだ?」とイオニア。
「そうなのさ。で、このすり替えが出来るのは、そもそも女神像には偽物がある、ということを予め知り得た人物に絞られる。この中で言うと教会の関係者である牧師ディルフィスさん、修道女レーニアさん、そして見習い修道女のカミーユ。この三人だ」
「身内の贔屓目であることは重々承知だけれど、ディルフィス兄さんが女神像を盗みだすとは思えないなあ」
「カミーユちゃんも、わざわざ女神像を盗むような子には見えないけど」
 それぞれエヴィアとイオニアが言う。カルメもそれに同調するように言葉を続けた。
「そうだな。ディルフィスさんはそもそもレストール教会の責任者だ。こんな回りくどいことをしなくても、あの人の一声で女神像をどうこうすることは容易いだろう。カミーユも、元は富豪令嬢だ。金に困って像を持ち出すとは余り考えられねぇな」
「ということは、犯人はレーニアさんなのかな? そういえばあの人、貯金が趣味って言ってたし……もしかするともしかするかも?」
「なんだよ、歯切れの悪い言い方して。要するに金にがめついってことだろ?」
「ちょっとカル兄! せっかく俺がオブラートに包んだのにずばっと言わないでよ。相変わらずデリカシーがないね」
「へいへい、どうせ僕はお前と違ってコミュ弱ですよっと」
 自らへの諦めを孕んだような声色でカルメが言い捨てる。そんな従兄は置いておいて、イオニアも自分なりに色々と推理を展開していた。
 先程のディルフィスの話によると、例の本物女神像はその材質により一部の魔法マニア(要するにカルメのような魔法使い達)にとって非常に価値が高く、彼らへ売り払えばそれなりのお値段になる代物である。それ故恐らく犯人は金目当てでこのような犯行に及んだと思われるだろう。
 そして三人の教会関係者のうち、相対的に一番お金に困っていそうなのは修道女レーニアだ。
「やはり、レーニアさんが犯人なのではないでしょうか」
「うーん、そうだな。んんー……」
 ぱっきりとしたドロシアの声に、カルメはうにゃうにゃと煮え切らない返答をした。彼は両手でペンを弄びながら言う。しかしその言葉はドロシアにというよりは自身への独り言のようだった。
「……どっちにしてもはっきりした証拠や動機が考えつかねえ」
「むむむ……もう、どこかにある筈の本物の女神像を探した方が早いかもしれませんね」
 ドロシアはしびれを切らしたのか、自分の分の紅茶の残りをぐいっと飲み干してソファから立ち上がる。
「といっても、犯人がもう何処かへ持ち出してしまっているんじゃないのかい?」
「持ち出していない可能性に賭けるわ。行くわよ、エヴィア兄さん」
 そう言うとドロシアはのんびりスコーンをつまんでいたエヴィアのマントを掴み強引に立ち上がらせ、ぐいぐいと談話室の出口へ引っ張っていく。
「僕も? うーん、まあいいか。探偵くん、僕達は足での稼ぎに切り替えることにするよ。何か進展があったら教えてくれたまえ」
「ああ、わかった。……ぜってーお前らより先に真相を見つけ出してやるからな、覚悟しとけ」
 突然謎の対抗意識を燃やすカルメへにこやかに手を振って応えるエヴィア。警官と錬金術師の兄妹は教会の廊下へと消えていった。