4.一方その頃

「せっかくの旅行だというのに、あの方はどこへ行ってしまわれたの!?」
「まぁまぁ落ち着いてくださいサリム様。今国王陛下達が話し合いをしておられます」
「全くもうっ! ヴォルター、貴方は自分の主が居なくなったというのにどうしてそこまで冷静でいられるの! 貴方には王子付きの執事としての自覚はなくって?」
「自覚はそりゃあありますよー。だからこそオレ……じゃなかった私は落ち着いてられるんです」
「頻繁に敬語の抜ける執事が言う言葉じゃないわ」

 レストールで一番格調高いホテルにて、早朝からフロントでせかせかと動き回るお嬢様とそれをのんびり見守る執事がひとり。
 サリムと呼ばれた彼女はオレンジのウェーブがかった髪を肩まで伸ばしている。ぴんと吊り上げられた青い瞳は忙しなく動き回り、思い出したように傍らの執事――ヴォルターへ八つ当たりをした。

「お父様たちの話し合いなんて先が見えてるわ。どうせ『このことはどうか内密に! いずれ戻ってくるだろうから、大掛かりな捜索隊を出して国民を無闇に驚かすのはやめましょう』みたいなものでしょう」

 ふん、と鼻を鳴らして国王たちの会議部屋から首をそらすサリム。そもそも今回の旅行は公式な訪問ではなく、プライベートな旅行なのだ。サリムの一族と、数ヶ月前サリムと婚約したケンドル王子の一族とが親睦を深める目的で企画されたお忍び旅行。なので護衛の者も少数精鋭、最低限しか連れてきていない。

「その通りです。一応護衛隊の半分は王子捜索に行って貰ってますし、アイセル殿下の事だから別に心配しなくても大丈夫かと」
 ヴォルターはそう言ってくい、と眼鏡を直す。いつの間にか彼の手元には三分の一ほど読み進められた小説本が出現していた。
 かっちーん。サリムは呑気な執事に痺れを切らし、外出用のバッグを勢いよく掴み取った。
「もういいわ! 誰も頼りにならないなら自分で探しにいくわよ!」
「ええっ!? ちょ、サリム様!」

 ヴォルターに向かってべーっと舌を出し、サリムはずかずかとホテルを後にする。流石に彼も事の重大さを感じ取ったようで、慌てて彼女の後を追おうとした。が、すんでのところで冷静さを取り戻して考える。
(いや、ここで慌てて出て行ったらサリム様とオレも殿下の二の舞になってしまう……!)
 ホウ、レン、ソウは仕事の鉄則。執事としての自覚を思い出したヴォルターは、とりあえず国王たちの会議部屋へ駆け出していった。

◆◇◆

 人。人。人人人人。人人人人人人。
 ホテルから一歩飛び出したサリムは、早朝にも関わらず活気あふれる町の様子にすっかり気を取られていた。
「こんな朝早くから大勢の人が歩いているのね……」

 昨日までの旅行はただひたすら馬車に乗り、自分たちのために設えられた観光地を巡るだけだったので全く気づかなかった。
 この人混みの中には、昨日サリムたちが楽しんだ舞台の演者やディナーのコックたちも混じっているのだろうか。そう思うと、彼女の中の世界が一段と広がった気がした。
 もう一歩、踏み出す。彼女は人混みの構成員と化した。どこか湧き立つ気分をまだ僅かに残る苛立ちで押し留め、あくまでも凛とした表情ですたすたと歩き出す。

「とはいえ、アイセル様は一体どこに向かわれたのかしら」
 サリムとアイセルは婚約者といっても、数ヶ月前に親の都合で勝手に決められただけである。初めて会ったのもその時。二人で言葉を交わした事もまだ数回ほどしかない。正直なところ、手がかりが少なすぎる。

「立ち止まってても変わらないわ。とりあえず歩きましょ」
 かくしてここに行方不明の王子に加え、行方不明のお嬢様までが爆誕してしまったのである。