4.魔王展

 その後も何気ない雑談で時間を潰していた彼らだったが、イオニアは同じ船の上にもう一つ見慣れた人影があることに気付いた。

「あれ、もしかして」
「どうした、知り合いか?」
「うん、騎士学校の同級生だよ。おーい、キール!」

 イオニアは級友の姿を認めると、大声で彼の名前を呼び手を振った。こちらに気付いた黒髪の少年は、ぱっと顔を明るくして近寄ってくる。

「イオニアじゃないか! 一緒に居るのはお前の……兄さんとその彼女?」
 ちがうちがう、とカルメとコンレイは互いの関係を即座に否定。自己紹介を済ませた一行はひとり人数を増やしながら雑談に興じた。

「まさかキールがこの船に乗ってるなんて。君もケンドルに行くの?」
「ああ。せっかくの長期休暇だし、たまには帰省して親に顔を見せようと思って。イオニアこそなんでこの船に乗ってるんだ?」
「俺とコンレイさんはカル兄の帰省についてきたんだ。ケンドル旅行は一度してみたかったんだよねー。勇者の国、ってのも面白そうだしさ」
 イオニアの口から勇者、という言葉が出た瞬間、キールの眉がぴくりと動いた。

「さてはおまえ、魔王戦争時代に興味があるクチか?」

 魔王戦争時代とは、現在から約二〜三百年前のことを指す時代区分用語である。魔王による世界侵略戦争が起こった時代であり、様々な冒険者や軍隊が魔王に操られ凶暴化した魔物と激闘を繰り広げた。
 そうしたなか、約百年前に冒険者のうちの一人であるケンドル公メーラレンが魔王を討伐。ここに魔王戦争への終止符が打たれたのである。メーラレンはその功績を称えられて『勇者』と呼ばれるようになり、彼のケンドル公国は自らの宗主国から独立し、ケンドル王国へと昇格した。今ではメーラレンは勇者として、また初代ケンドル国王として数々の歴史書にその名を残している。……というのが、イオニアが歴史学の授業で習った簡単な概要である。

 また、この時代の英雄の逸話については吟遊詩人が叙事詩を詠い、小説家が歴史小説を綴り……と、様々な形で記録を残している。歴史学的側面のみならず、そういったエンタメ的側面からも一定の人気を誇る花の時代だ。勿論、当事者たちにとってはもっと殺伐とした時代だったのだろうが。

「へ? 興味があるというか……まあ人並みには好きだけど」
「そうか、あるにはあるんだな! ならケンドル王立博物館に行くといい。丁度いま、魔王が使った武器やら魔王戦争時代の道具やらを紹介する特別展『魔王展』がやってるんだ!」
 キールは興奮した様子でまくしたてる。そういえば、とイオニアはキールが魔王戦争時代の根強いファンであることを思い出した。

「へえ、それは知らなかった。キールは行くの?」
「もっちろん! レポート課題のネタ探しも兼ねて、こっちに帰省してる間は通い詰めるつもりだぜ」
「なるほど、ネタ探しか……実は今、歴史学のレポートのネタに困ってるんだよね。俺も行ってみようかな」
「まじで? じゃあなんか良さげなネタがあったら情報共有しようぜ」
「やった! 歴史ガチ勢のキールがいたら百人力だよ」
「うむうむ、いい判断だ。もしかしたら、博物館でもまたばったり会うかもしれないな!」
「あはは! 確かにね。もしそうなったら解説は頼んだよ、キール」

 学生二人は怒涛の速さで話を進めていく。既にイオニアの頭の中では、博物館への観覧は決定事項となっていた。

「おい、メインの目的は僕の帰省なんだが……」
「いいですね! わたしも博物館観光したいです!」
「……しゃーねえ、二人まとめて連れてってやるか」

 後ろで大人しくしていたカルメが異議を唱えようとしたが、コンレイの声により博物館派が優勢に。二対一では仕方ない、と彼は今後の予定に博物館見物を加えることにした。

◆◇◆

 レストールの町~ケンドル城下町間の定期船を降りる頃には、既に夜のとばりが落ちきっていた。実家へ帰るキールと別れ、カルメの生家へと向かう。ついでに帰路の途中で一行はよろず屋に寄り食材を確保。カルメは肉、イオニアは人参と玉葱、コンレイはじゃがいもの入った袋をそれぞれ持ち、明るい街灯に沿って綺麗に整備された道を歩いている。

「わたし、実は博物館って入ったことないんですよ。早く行ってみたいです!」
「俺も久々に行くなあ……とはいえ、流石にもう今日は閉館してるよね」
「ですね。明日のお楽しみです。魔王が使った道具ってどんな感じなんでしょうね」

 早くも魔王展に思いを馳せる博物館派の二人。コンレイは自分のぶんの荷物を浮遊魔法でふわふわと浮かばせながら歩いている。彼らの前をひとり、カルメが早足で先導していた。

「いやあ、カルメくんのご両親はどんな人なんでしょうか。こんなひねくれっ子の面倒をずうっと見てきたんですから、さぞ剛腹な方たちなんでしょうね」
「おい、悪口聞こえてるぞ」
「大丈夫、ご両親のことはちゃんと褒めてますから」
 背中越しに聞こえてくるつっこみにはまるで臆さず、コンレイは余裕の返答。カルメは何やら言い返そうとしているようだったが、諦めたのか無言で歩く速度を速めた。やがて町の一角、川沿いの一軒家の前で立ち止まる。

「ほら、着いたぞ。お前らは先に家に入って荷物を置いてこい。台所は居間の隣だ」

 カルメはイオニア達にそう告げ、自身は家には入らずに真っ直ぐ庭のほうへ。イオニアははあい、とゆるく返事をしてカルメから預かった鍵を玄関の鍵穴に差し込んだ。

「あれ? 鍵、閉まってるんですか?」
「うん。だって誰もいないしね」
「誰もいない? 両親揃ってこんな遅くまでお仕事ですか?」
 疑問符で頭がいっぱいになったコンレイを見かねて、イオニアは静かに言葉を続けた。

「カル兄のお母さんたちは、カル兄が子供のころにもう亡くなってるんだ。二人とも、魔物にやられてね」
「えっ、そうだったんですか……どうしましょう、わたし無神経なことを」

 コンレイは申し訳なさそうに声を潜める。イオニアは一転、わざとらしく快活に返事をした。
「だいじょうぶ、大丈夫! カル兄はそういうの気にしないタイプだから。コンレイさんは知らなかったんだし、しょうがないって」
「そうそう。僕が言うタイミングを逃したのが悪い」
 そう言ったのは他でもないカルメ本人。いつの間にかイオニア達の背後に立って、ふわあとあくびをしている。

「あ、カル兄お帰り。何してたの?」
「軽く墓に挨拶してきた。それより早く家の中に入ろうぜ。もう腹が減って死にそうだ」

 カルメは、コンレイが醸し出すしんみりとした空気などどこ吹く風というように彼女達を家に押し込む。その夜は、イオニアが丹精込めて作ったシチューが三人の胃を充たしたのであった。