3.解答編-前編

「——ということなんだ。何故かその人は毎週土の曜日にだけ来るんだよ。……一応聞くけど、この『両替男』ってカル兄が変装した姿じゃないよね?」
「っは、ばーか。何が楽しくてお前のバイト先へそんな手の込んだ悪戯をしなきゃいけねーんだよ」
「だよねえ。とりあえずこれで『両替男、俺の従兄説』は消えたわけだ」

 『両替男』にまつわる一連の概要を話し終わった俺はふぅと息を吐き、乾いた口を潤すためにコーヒーを口に含んだ。

◆◇◆

 ——さて、購買のバイトを終わらせた俺は、その帰りにもう一つのバイト先であるローシャ探偵所へと足を運んでいた。毎週末になるとこの探偵所へ泊まり込んで居候兼バイトをする、というのが俺のルーティンである。といっても、毎日依頼があるわけではないのでもっぱらただのお泊り会と化しているが。

 今日も特段大きな依頼はなかったようで、俺が探偵所に着いた時には従兄でありこの探偵所の主でもある魔法学者カルメ・ルン——俺はずっと『カル兄』と呼んでいる——はソファに座りなにやら分厚い文献とにらめっこしていた。

 することもなさそうなので俺はテーブルを挟んで彼の向かい側にあるソファにどっかりと座り、自分で淹れたコーヒー片手に残りの休日を謳歌することにしたのである。
 カル兄が座っているスペースの周りには、読了済みかそうでないのかよくわからない本たちが何冊も積まれている。せめてテーブルに置けばいいのに、と思わずにはいられなかったが、今さらそんな忠告をしたところで聞く耳を持たれないのは俺が一番知っていた。

 癖のない翡翠色の髪を首の根元辺りまで伸ばし、向かって右の横髪だけ長く垂らした髪型に魔法使いらしい華奢な体つきは一見中性的とも思える。しかしその口調は男性的で乱暴、愛想も愛嬌も一切存在しない。彼はいつもと何一つ変わらぬ仏頂面のままにらめっこを続けている。

 ふと昼間の『両替男』のことを思い出したのはそんな折、なんとなく授業の予習をする気になれずカル兄の顔をぼけっと眺めていたときだった。

 曲がりなりにも『探偵』を自称する従兄のことだ、もしかしたらあの不可思議な両替男の謎も解いてくれるかもしれない。彼はこういった奇怪な出来事へ妙に食いつく性質なのだ。そう思って早速その『両替男』の話を持ちかけてみたところ、やはりというべきか彼は並々ならぬ興味を示したのである。先ほどまで読んでいた文献をばさりと閉じ、俺の話へ真剣に耳を傾けていた。

 話がひと段落ついたあと、カル兄はコーヒーを啜っていた俺に向かって脈絡なく声をかける。

「イオニア、お前この国で店番の仕事をするのは今回が初めてか?」
「え? そうだけど……」

 いきなりそんなことを聞いてどうするのか。突然の話題の飛躍について行けずワンテンポ遅れて返答した俺だったが、声の主は矢継ぎ早に次の問いへと移行した。

「じゃあ、業務にあたって何か研修を受けたりは?」
「ええと……受けてないなあ。本来はもうちょっときちんと研修するらしいんだけど、俺はそもそも先輩の代打で働きに来ただけだからね。最低限のこと——例えばお金の場所とか、帳簿の付け方とかをささっと教わっただけだよ」

 返答を聞いてカル兄は満足したようにこくりとうなずく。

「ふうん、じゃあ仕方ないな。お前はこっちに来たばかりだし。……とはいえ、よく今まで気付かずにいられたもんだ」
「なーんかむかつく言い方だなぁ。俺が何したっていうのさ?」
「何をしたというか、何もしなかったというか」
「はぁ……?」

確かに自分はこの国に来たばかりだが、それが一体今の話に何の関係があるというのだ? 何もしないとはどういう意味なのか。ふわふわとまとまりのない言葉ばかり口にするカル兄に痺れを切らした俺は、先程の質問の意図を掴もうと核心に迫る問いかけをした。

「もしかして、カル兄はもう『両替男』の目的が判ったっていうの?」

 俺のこの言葉を聞くと、彼は『待ってました!』というようにばちりと瞬きをし、紫色の瞳に光を宿す。もしかして、カル兄の奴はこの流れに持っていきたくてわざと曖昧な態度をとっていたのではなかろうか。
 俺は彼が話し始めるのを今か今かと待ち構えていたが、カル兄は碌な返事も返さずに黙ってすくっとソファから立ち上がった。

「……何やってんのさ?」

 俺が浴びせかける冷めた目線なぞどこ吹く風というふうに、彼はそのまま暖炉の前に置いてある安楽椅子へどかりと座り込む。火なんて点いていないのに、この探偵はなにで暖を取ろうとしているのだろう。微妙ににやついた顔が絶妙に気色悪い。

「僕はその『両替男』の謎について、お前の話を聞いただけで綺麗さっぱり隅々まで判った。こういう時の探偵は安楽椅子に座るのがマナーだろ?」
「は、はあ……それはカル兄の中だけの常識だと思うよ」

 俺はそれ以上突っ込むのも面倒になって、適当に話を切った。変なところで妙なこだわりを発揮するのは彼の悪い癖の一つである。まったく、研究者というのは変人しかなれない決まりでもあるのだろうか。
 カル兄は安楽椅子をぎいぎいと楽し気に揺らしながら、まるで近所の猫に話しかけるかのような気安さでさらりと口を開いた。

「さ、じゃあ早速謎解きしようじゃないか。結論から言うと、『五十ゴールド硬貨二十枚の謎事件』の犯人はイオニア、お前だ」
「は? 勝手に事件にしないでよ。……しかも、俺が犯人てどういうことさ!」