「——と、いうのが、お前が格闘技にキャーキャー言ってた間の出来事だ」
事件から約一週間後。カルメは座り慣れた探偵所のソファでくつろぎながらそう言った。物語のお相手は向かいのソファに座る探偵所のバイト従業員、コンレイだ。コンレイはハーピー特有の豊かな翼を行儀よく膝に載せてカルメの話を聞いていた。カルメの言葉を受けて、彼女の隣に座っているカペラも間髪入れずに話し出す。
「あの後本物の女神像に武器軟膏を使うところを見せてもらったんだけどね、ホントに綺麗に傷が治って感動しちゃった! コンレイは錬金術……というか武器軟膏って知ってた?」
「そうですねぇ……わたしの一族はあまりそういったことに興味のないひとが多かったので知りませんでした。次に女神像が壊れる機会があれば是非わたしも同席したいです!」
「いや、そうそう何回も壊れてたまるかよ」
久々に聞いたコンレイの天然ボケに鈍く反応したカルメ。ふとその時探偵所のドアベルが鳴る。ころんころん、と控えめな音だったが彼は聞きのがさず反応し玄関へ駆けていった。
やがてカルメに連れられてリビングに入ってきたのは、カペラにとっても見覚えのある少女だった。
「あら、カミーユちゃん?」
噂をすれば影、客人は見習い修道女のカミーユだ。彼女は深刻そうな表情でソファに座ったが、コンレイの姿を見て一瞬目を丸くした。彼女はその様子を見て、ふんわりと笑いながら自己紹介をする。
「はじめまして、カミーユさん。わたしはカルメくんの探偵所へたまに働きに来ているコンレイです。よろしくお願いしますね」
「初めまして。私はレストール教会のカミーユです。ほ、本日はカルメさんにお願いしたいことがあってお伺いしました」
妙にそわそわしながら話すカミーユ。カペラはその様子を見て一抹の不安を覚えた。事件の解決直後こそディルフィスはカミーユを許していたが、後になってガッツリと叱られたのでは……? そしてその埋め合わせとして、カミーユに無理難題の仕事を吹っ掛けたのでは……!?
つられてそわそわしだすカペラの正面で、カミーユは意を決したように言い放つ。
「じっ、実はこの人を探してほしいんです!」
そう言って彼女が差し出したのは、一人の人間の似顔絵スケッチだった。カルメ達三人はその紙を覗き込むようにして集まる。
「誰だ、これ?」
スケッチされていたのは、ふわふわとした青い猫毛の短髪に金色のぱっちりとした瞳の男性。まだ年若く、カルメ達と同年代ぐらいに見える。
カミーユは似顔絵をうっとりと見つめたまま夢見がちな声で言った。
「先日ふらりと教会に来られた方なんですが、飄々とした態度と優し気な眼差しがとっても素敵で……一目惚れだったんです!」
「…………」
カルメが口を半開きにした状態でフリーズしたのも無理はない。彼とカペラは、つい先週に全く同じ文言を全く同じ声で聞いたばかりなのだ。処理の限界を迎えて固まったカルメの横で、カペラがおずおずと口を開いた。
「ええっと、カミーユちゃん」
「はいっ」
「エヴィアさんは?」
「あの方はもういいのです、良い思い出となりました。今は! あの! 青髪の殿方なんです!」
カミーユは熱っぽい表情で熱弁した。その熱さに気圧されたカルメは一歩引いたような、ひんやりとしたうつろな目つきに。そして、誰に言うでもなくぽつりと呟く。
「切り替えはえー……」
「なるほどぅ。カミーユちゃんは恋に恋する暴走少女だったわけですね」
カルメから事の顛末を聞いていたコンレイはひとり、感心したように言う。かくして、『女神像すり替え事件』は意外な真相と共に幕を閉じたのであった。
〈了〉