6.死体発見譚

 時と場所は変わって博物館内の警備室にて。カルメ達は死体の第一発見者である二人の女性から、事件の詳細な状況を聞かされていた。カルメは腕を組み、時々質問をして自らの理解を深めつつ話に聞き入っている。

「——で、居なくなった探偵さんを探してるうちにテラスへの扉が空いてたことに気づいたの。後で調べてみたんだけど、どうもピッキングされてたみたい。それでテラスに出て、扉の後ろに回り込んでみたらなんとびっくり。盗まれてたはずの椅子はテラスに野ざらし、そのすぐそばには男の人が倒れているではありませんか! ……ってことで、あたしとイームズは急遽憲兵隊の詰所に行って応援を呼んできたの。土砂降りだったから助かったわあ」

 そう行って説明を締めくくったのは、駐在所の憲兵の女性。名をローエという。若々しい見た目だが、吸血鬼なので恐らく見た目よりも十倍ほど歳をとっているのだろう。その隣にいるのは、先程イームズと呼ばれていた白い毛並みの猫獣人だ。警備員の制服をぴしりと着こなしているが、その大きな瞳はとろんとしていて覇気がない。彼女は警備室の壁に寄りかかり、今にも眠りに落ちそうになっていた。

「あ、あのう。私夜勤明けでものすごく眠たいんです。倒れてた探偵さんを見つけた後はローエのほうが詳しいので、私はちょっと仮眠してきてもいいですか……」
 イームズはおずおずと手を伸ばし、もうひとりの探偵に進言する。カルメが了承すると、彼女は警備室に直通している仮眠室へと消えていった。それを見届けた彼はローエへと向き直り、話の続きを催促する。

「なるほど、死体発見までの状況はよくわかりました。その倒れていた男性の身元は判明してるんですか?」
「それが……種族は人間、ってのは見た目で分かるとして、他のことは町の人に聞き込みしてもまだ分からないのよ。死体が持ってたハンカチに刺繍されてたのが『ライト』って文字だったから、多分これが名前なんだろうけど」

 ローエはお手上げ、とでもいうように両手を振る。彼女によると、その後死体は憲兵によって回収されて現在身元確認の真っ只中とのこと。
 へえ、とカルメは興味深そうに相槌を打つ。彼は続けて何度目かの質問。

「じゃ、犯人のほうに心当たりは?」
「イームズによると、探偵……とりあえずライトさんって呼んじゃいましょうか。その人の推理によれば転移魔法を使える人が犯人らしいわよ。だから今、ライトさんの身元捜査と平行して怪しい人がいないかも調べてるの。何か分かったことがあれば、すぐあたしに連絡が来るようになってるわ。……あんたも探偵だかなんだか知らないけど、要するに一般人なんでしょ? 犯人を捕まえるのはあたし達憲兵なんだからね。勘違いしないよーに!」
「たっ、確かに僕は公的には一般研究者だがっ……!」

 どうやら彼女、探偵という存在にあまり好印象を抱いていないようだ。というよりは、ライバル意識を抱いているのだろうか。正真正銘の憲兵にびし、と釘を刺された自称探偵は向かっ腹を立て何か言いたげにしたが、ローエは彼の横にいる一人のハーピーを目に留めて話を続けた。

「そういえばあなたは人間でも獣人でもないよね。ひょっとして、転移魔法を使えたりする?」
「ええっ、わたしですか? 確かにハーピーはみんな転移魔法を使えますけど、ライトさんが殺された時間にはまだ寝てましたよ。自慢じゃありませんが、わたし達三人は全員今日の九時起きだったんですから!」
 ふんす、と胸を張って言い終えたコンレイの横では、巻き込まれたカルメとイオニアが居心地の悪そうにしている。

「そ、そう……ほんとに自慢になんないね」
「さっきから気になってたんですけど、その盗まれかけた椅子って、どんなお宝なんですか?」
 呆れた様子のローエをよそに、コンレイは純粋に興味を惹かれた様子で尋ねる。その疑問にはローエの代わりにイオニアが答えた。

「今回の魔王展の大目玉、『魔王が生前使用していた椅子』だってさ。ケンドル王国の国宝に指定されてて、こうして人前に出るのはなんと初めてだとか。普段はケンドル城の宝物庫で厳重に保管されてるらしいよ」
「イオニアくん、詳しいんですね」
「昨日キールが教えてくれたばかりの付け焼刃の知識だけどね。『魔王戦争時代のファンはぜっったいに見るべきだ!』って熱弁されたよ」
 イオニアは魔王戦争時代オタクな友人の顔を思い浮かべながら答える。すると、警備室の扉ががちゃりと開いた。

「ローエ少尉、被害者の身元が判明しました! 加えて今回の事件の目撃者を連れてきました!」
 ローエの部下であろう憲兵が引き連れてきたのは、なんと黒髪の少年。イオニアが今まさに思い返していた顔である。

「あれ、キール? どうしてここに?」
「イオニア!? おまえこそなんでこんなとこにいるんだ?」

かくして少年二人は、図らずも博物館での再会を果たしたのだった。