ちょっと昔。とある所に、ダンジョン職人のドワーフがおりました。
ダンジョン職人は考えます。職人として生きているからには、『難攻不落、歯ごたえ抜群、何度でも挑みたくなるよう理想のダンジョン』を作りたい、と。
そこで彼は、冒険者が集まる酒場へと赴き、いろいろな種族にとっての『理想のダンジョン』をリサーチするのでした――
さてさて本日は、遠路はるばるお集まりいただきありがとうございます。今日もお客さんの顔ぶれが豊かでいいですねえ。外は残暑の厳しい、じんよりとした暑さで参ってしまいますが、この地下都市は換気も、水源も、魔力源もきちんと管理されている、バリアフリーな都市ですから。鳥獣人からマーメイドまで、皆様よくお集まりのようで。いま、べらべらつらつらからからしゃべらせて頂いている、お、れ、も! ……ふふっ、吸血鬼とヒトのハーフ、ダンピールなんで、直射日光が当たらない地下の会場はちょうどいいんですよ。今の時代、多様性への配慮が叫ばれてますからねえ。
とまあ雑談はそんなところで。わたくしがご用意してきたお話はむかあし昔の笑い話。今日はその時代の口調に合わせて、一席お話致しましょう。
えー、こほん。時は万国歴千五百年ごろ……えっ? 今が何年だかわかりゃしないって? やだなあもう、ざっと千九百年に決まってるじゃねぇか! 復活したてのアンデッドのお客さんったら、どうも年月感覚が狂っていけねえや。とにかくそんぐらい前に、一人のドワーフがおりました。
彼は冒険者にスリルと娯楽、あとは魔物を提供するダンジョン職人でして、数多の名ダンジョンを建築してきた実力派だったんでさあ。そんな職人、やはりドワーフらしく頑固で勤勉。いつかは『難攻不落、歯ごたえ抜群、何度でも挑みたくなる理想のダンジョン』というのを作ろうとしております。
とはいえ、やみくもに難しい仕掛けばっかり載せるのは、三流職人のやること。ダンジョンといやあ、どんな種族の冒険者でも工夫を凝らせば脱出できる、という絶妙な塩梅の難易度が求められます。
だってぇ、考えてごらんなさいよ。もし! ダンジョンの途中で、『ゴーレムを作って起動させないと道が開かない仕掛け』なんてものがあったとしましょう。ゴーレムなんて、魔法学会に籍を置くようなどえらい魔術師さんじゃねえと作れねえ特殊な魔法生物です。こんな仕掛けのダンジョンを作ったところで、冒険者みいんな匙を投げて、攻略されねえダンジョンとして風化していくだけでさあ。
と、いうことで。真面目なドワーフのダンジョン職人は、冒険者へ聞き込みをすることに致しました。ずばり、「どんなダンジョンに挑みたい」か?
ちなみに、お客さん方はどんなダンジョンがいいです? じゃあ、そこの最前列に居るヒトの賢者さん。……ふむふむ、「力ではなく、知恵で解くダンジョン」。いいですねえ。賢者さんともなれば独壇場だ。んじゃ、前から三列目にいる猫獣人の剣士さん。……ほう。「強い魔物と一騎打ちできるダンジョン」。邪魔が入らない空間での真剣勝負! 戦闘好きにはたまりませんな。
では……おや、ちょうど職人が冒険者の集まる酒場に入っていくようです。雑談はこれぐらいにして、ちょいと観察してみましょうか。
◆◇◆
ダンジョン職人 「よぅ、やってる? おうおう、今日も客でごった返してらあ。ヒトにエルフにオーガに……色ぉんな種族がいて丁度いいや。あいつら一人一人の話を聞いていきゃあ、理想のダンジョンが完成するってもんだ。……おうい、そこのヒト。見たとこ、おめえは盗賊のようだな。どうだい、ちょいと一つ、このダンジョン職人に『理想のダンジョン』を教えてくれねえか?」
ヒトの盗賊 「なんだい、このちいこいひげ面……さてはドワーフか! いいぜ、教えてやらあ。俺ぁな、敵は弱くて、宝はざくざく! そぉんなダンジョンに行ってみてえもんよ」
ダンジョン職人 「おいおいお前さん、素直にもほどがあるよ。そんなの、この世すべての冒険者の夢じゃあないか。じゃあそこの、エルフの魔法使いはどうだ?」
エルフの魔法使い 「そうさねえ……静かで魔力の満ち満ちたところが良いな。静謐な雰囲気の小部屋が欲しい」
ダンジョン職人 「瞑想場所にしようとするな! んんっ、もういい、そこのオーガの戦士は?」
オーガの戦士 「ダンジョンなら、もちろん力試しの出来る仕掛けが欲しいぜ! ごろごろ、ごろごろぉ……転がってくる大岩をぉ、粉砕するっ! 戦士職の憧れといやあ、これに尽きるな」
ダンジョン職人 「おっ、王道じゃねぇか。話の分かる奴だねぇ」
と、ここでひょいっと割り込んできたのは、妖精の癒し手とホブゴブリンの憲兵。オーガの話を聞いて、心配そうに口を挟みます。
妖精の癒し手 「だめだめ、こいつぁいつもダンジョンでケガばかりするんだから。どうしてもっていうんだったら、負傷した仲間を治療できる、救急箱のある部屋もおくれ」
ダンジョン職人 「うぅむ、まあそれぐらいの配慮は必要かあ。仕方ねえ、ミミックに薬を持たせておこうかねぇ」
ホブゴブリンの憲兵「おほん、我ら憲兵としてもご留意いただきたいことがたくさんありますな。一つ、一定間隔で通気口を作り、窒息を防ぐ。二つ、フロアの変わり目はできるだけ階段ではなく斜路にし、馬車の往来を促進する。三つ、罠に関しては必ず! 緊急停止用のボタンを用意し、不慮の事故に備える」
ダンジョン職人 「うぅむ、まあこれぐらいの配慮も必要かあ」
セイレーンの唄い手「いやいや、まだ足りないわ。私たちセイレーンの為の水路だって必要よ?」
ダンジョン職人 「おおっと、水辺席にも人が居たのか。なるほど水路ねえ。そりゃあ確かに必要だな。他には何かあるかい?」
セイレーンの唄い手「そうねえ……欲を言えば、歌うと綺麗に反響するような、大きな部屋も欲しいわね。なんたってわたくし、唄い手ですもの」
ダンジョン職人 「うぅむ、まあこれぐらいの配慮も——必要なわけあるかい! 唄い手なら場所を選ばず美声を轟かせなさいよ!」
さてさて。やかましい酒場の中で、特にやかましくしていたダンジョン職人の周りには、話を聞きつけた冒険者が殺到してさあ大変。みな口々に自分の『理想のダンジョン』を叫びます。
トロールの料理人 「おぅいドワーフのおっさん! 獲物をその場でクッキンできるような、厨房も作ってくれぃ!」
ダンジョン職人 「美食家か! トロールの癖にやけにこまいやっちゃのう、おめえは!」
吸血鬼の賢者 「入口には必ず、ウェルカムボードを掛けておいてくれ」
ダンジョン職人 「ちょっといいとこの友達ん家かい! いや、知ってるがな? おめぇら吸血鬼は招かれないと他人の敷地に入れないんだもんな? けどな、それを知らないお客さんだって居るかもしれねぇんだ、人にものを頼む時はちゃんと理由も言いなさい!」
アンデッドの呪い師「仮眠用に空の棺桶と墓標を頼む」
ダンジョン職人 「そうそうそうそう、そうやって端的に理由も述べて——っておめえは吸血鬼じゃないな?! なんでぃ、アンデッドかい! 復活したての割にやけに利口だなあ、天晴れだ! 次は、ドライアドか……てぇ、なんだい、その大荷物は」
ドライアドの狩人 「道しるべになるように、明かり草をたくさん植えておいて欲しいのよ。森でいっぱい種を拾ってきたから、全部あげるわね!」
ダンジョン職人 「おう、ありがとよ……って、多っ! 米俵に種をびっしり詰めてんじゃねえか、間違って炊かないように気を付けねえと……」
ハーピーの運び屋 「ハーピー的には、思いっきり羽ばたけるように天井は高く! なんなら吹き抜けにしてもらえたら最高」
ダンジョン職人 「屋上庭園かい! だめだだめだ、マトモな案はないのか? ……おっ、おい、そ、そこのヒト! 『理想のダンジョン』教えてくれやい!」
ヒトの商人 「おやこれはドワーフの旦那。そうさねえ、あっしらみてぇな商人としてはもちろん、露店をたくさん並べられる広い部屋が欲しいですわ。何なら客が休憩できるようなスペースもお願いできますかい?」
ダンジョン職人 「くっそう、冒険者じゃなくてあきんどだったか! ……ええい、こうなりゃもうヤケクソだ。全種族にとっての『理想のダンジョン』、建ててやらあっ!」
根っこが真面目なドワーフのダンジョン職人。貰った注文は、ひとっつ残らず律儀に盛り込みまして、とうとう丸一年かけてダンジョンが完成致しました。古い友人であるヒトの剣士を招き、いよいよダンジョンをお披露目したのでございます。
ダンジョン職人 「と、いうわけだ。これがおいらの最高傑作、『みんなの理想のダンジョン』でえ。ゆっくりしていってくれや」
ヒトの剣士 「ゆっくりぃ? 俺はダンジョンを攻略しに来たんだがなあ。ま、それはさておき、『理想のダンジョン』お手並み拝見といこうかね」
ダンジョン職人 「どうぞどうぞ入ってくれ。ウェルカムボードも歓迎してくれてるぜぃ」
ヒトの剣士 「わあ、『理想のダンジョンへようこそ!』なんて陽気な看板だ。嬉しいねえ。さてさてお邪魔しますよっと……と、でも言うと思ったかぃ! なんだこれは、ダンジョンに挑みに行く冒険者を馬鹿にしておるのか!」
ダンジョン職人 「歓迎しとるんだよ」
ヒトの剣士 「やかましいっ。士気が削がれる! もういい、進むぞ。……ほう、明かり草が綺麗な間隔で生えているな。いい洞窟を見つけたものだ」
ダンジョン職人 「ああ、これはおいらが全部自分で植えたんでい。ダンジョンの道という道に植えたからな、この作業だけで三か月はかかったぞぅ」
ヒトの剣士 「へ? これを全部? 手作業で?」
ダンジョン職人 「おうよ。ほら、ここの壁なんて見てくれや。植えてるうちに楽しくなっちまって、ちょうちょやらお花やらの形に明かり草を配置したんだぜ。きらきら、きらきらあ……てえ、綺麗だろぅ?」
ヒトの剣士 「イルミネーションかよ! まったく、凝り性なドワーフはこれだから……おい、この部屋はなんだ?」
ダンジョン職人 「魔力瞑想の部屋だ。魔力源をひいてきたからな、ここに居ればどんどん魔力が回復するぞ。ちなみに隣の部屋は治療室でな、救急箱ミミックが物理的な傷を癒してくれるんでぃ」
ヒトの剣士 「福利厚生完璧かい! おい、このでかい岩がある部屋はなんだ」
ダンジョン職人 「トレーニング部屋だよ。他のダンジョンでよくある、大岩がごろごろ転がってくる仕掛けを体験できるぞ。ほれ、お前さんもやってみい」
ヒトの剣士 「のわぁっ、急に背中を押すんじゃねえ! ……う、うわあ!? い、岩が! でかい岩が天井から落ちてくる!」
ダンジョン職人 「なんでい、冒険者の癖に反応が遅せぇぞ。ぽちっとな」
ヒトの剣士 「お前が馬鹿力で俺を転ばすからだろぉ! も、もうだめ——じゃ、ない?」
ダンジョン職人 「お前みてぇな奴の為に、緊急停止ボタン付きだぁ。 ほれ、岩が途中で止まっただろ?」
ヒトの剣士 「く、悔しいが助かった……」
ダンジョン職人 「次、下のフロアだな。階段は無いから、ここの坂道を下って行くぞ」
ヒトの剣士 「おいおい、ダンジョンといえば階段だろ? 上り下りするたびに、ちょっとずつ音楽が変わっていくアレだろ?」
ダンジョン職人 「ちっちっち、その感覚はもう古いぜ。今の時代は斜路で馬車でもらくらく昇降でぃ」
ヒトの剣士 「お前……そんなに時代に適応できるドワーフだったのか……」
で、ここからも怒涛の展開でさあ。建て主自らのご説明によるダンジョン見学ツアー! どんどん参りましょう。
ダンジョン職人 「反響板付きの本格的なホール部屋だ」
ヒトの剣士 「収容可能数二千人……大ホールじゃねぇか!」
ダンジョン職人 「食堂付きの厨房だ」
ヒトの剣士 「いっちょ前にメニュー表も構えてんじゃねえよ!」
ダンジョン職人 「テラス席付きの露店スペースだ」
ヒトの剣士 「ひい、ふう、みい……商人呼びすぎ!」
ダンジョン職人 「墓地……と見せかけてのアンデッド用仮眠棺桶置き場だ」
ヒトの剣士 「要するに墓地だろ。……ひゃっ!? な、なんか今背中に冷たいものが……」
ダンジョン職人 「んん~? ああ、雨が降ってきたんだな。このダンジョンは吹き抜けだから、外の天気に左右されちまうところもあんのよ。これから来る冒険者には、傘を忘れないように言っておかねえとな」
ヒトの剣士 「傘必須の洞窟ダンジョンって、なんだよ……。はあ、なんだか突っ込みすぎて疲れた。そろそろお暇させてもらうぜ」
ダンジョン職人 「おう、そうかい。今日はわざわざ来てくれてあんがとな。せっかくダンジョンに来たんだから、アレを持って帰ってくれや」
ヒトの剣士 「アレ? なんだよ、アレって」
ダンジョン職人 「もちろんアレよ。ええっと、こっちの部屋だな」
そうしていよいよ、二人は最奥のこぢんまりとした部屋に着いた。職人がにやぁと笑って扉を開けますと――そこには、なんと。
ダンジョン職人 「ほらよ、お宝番のスライムくんだ。こいつとじゃんけんして、勝ったら土産用のお宝を持っていってくれい」
ぷるっ、ぷるぷるっ。はいはい、姿を現しますのは最弱モンスターのスライム。ざっくざくのお宝の前でのんびりとお昼寝しておりました。
かくして、ここに『難攻不落、歯ごたえ抜群、何度でも挑みたくなる理想のダンジョン』が完成致しましたとさ。ダンジョン職人も大満足でしょうねえ。いやあ、おあとがよろしいようで!
◆◇◆
……さてさて。皆様、理想のダンジョン、いかがですか? ここまでお聞きくださった方は、もうお気づきでしょう。この『みんなの理想のダンジョン』、そしてその中のホール部屋こそ——
ただいま皆様がいらっしゃる、この地下都市、この寄席のホールでございます。
セイレーン完全監修の音響はいかがでしたかな? お帰りの際はぜひ、スライムくんと勝負してお宝をお持ち帰りください。それでは、またのご攻略をお待ちしております!
〈了〉
