14.犯人の行方

 カルメの言葉にイームズはありえない、と反論する。

「いいえ、そんなはずはありません! だってあんなに穏やかで優しそうな人だったんですよ? お母さまの形見のハンカチを必死に探されていたんですもの!」
「ライトさんの人柄はよく知りませんが、その形見のハンカチとやらは本当に存在するのですか?」
「……どういうことをおっしゃりたいのか、よくわかりません」

 イームズは唇を噛みながら答えた。カルメは飄々とした態度で話し続ける。

「ライトさんの死体の持ち物には、ずばり『ライト』という名前が刺繍されたハンカチが出てきたのですよね? それって少しおかしくないですか。既に自分のハンカチを持っているのに、どうして違うハンカチを探す必要があるんでしょう?」
「ライトさんが探していたのは只のハンカチじゃありません。お母さまの形見の、とても大事なハンカチだとおっしゃってました。あんなに大事な物なら、自分のハンカチとは別に持ち歩いていても変ではないと思います」

「それならなおさらおかしいんです。イームズさん、貴方がもし自分の物と形見の大事な物、二つのハンカチを持っているとしたら、外出先で使うのはどちらのハンカチですか」
「勿論自分の物ですよ。失くして困る大事な物はおいそれと外で使えません」
「ですよね? ではどうしてライトさんは、『形見のハンカチを特別展示室で使った』と言ったのでしょうか」
「あっ……!」

 イームズは、はっとして言葉に詰まった。

 確かに彼——ライトの行動は一見なんてことないが、よくよく考えてみると不自然に感じられた。形見のハンカチを失くしている割に自分のハンカチをちゃっかり持っていたり、カルメ以外が好き好んで従事することもなさそうな『探偵』という職業を名乗っていたり、異様に早い推理速度だったり……今まで被害者としてしか見ていなかったせいで認識できなかった彼の行動の粗が、今はすんなりと浮かび上がってくる。イオニアは思考を巡らせつつカルメの話に聞き入っていた。

「ライトさんがイームズさんに対して嘘八百を並べ立てていたのは特別展示室へ侵入するためです。勿論目的は『魔王の椅子』の窃盗でしょう」
「仮に窃盗だとして、その手口が分からないわ。あの特別展示室はあたしも見たけど、ほんとに綺麗さっぱり椅子が消えてた。人間は転移魔法を使えないのに、どうやってあのでっかい椅子を運び出したのよ?」
 ローエは頑なな態度でカルメへと突っ掛かった。彼はいたって真面目な姿勢でこう返す。

「そりゃ、文字通り『消した』んですよ」
「はあ? 殺したってこと?」
「いいえ、そんな物騒な意味合いじゃありません。単純に、ライトさんは椅子に透明化魔法をかけて見えなくしたんですよ。透明化魔法は光魔法の一種です。イームズさん、ライトさんは貴方の前で光魔法を使っていましたよね?」
 イームズはこくりと頷く。カルメはそれを見届けると満足そうにゆっくり瞬きした。

「ライトさんの犯行計画は恐らくこうです。まず、宿直の警備員を油断させて特別展示室へ侵入。隙をついて椅子に透明化魔法をかけ、『椅子が盗まれている』と誤認させます。そして自らの身分を探偵と偽り、犯人確保に燃えるフリをしてその場の主導権を握ります。そしてうまい具合に警備員を博物館から追い出し、監視の目を退けている隙に透明な椅子を窃盗。彼はこの時、椅子をテラス経由で博物館の外へ運び出そうとしました。きっと彼は、浮遊魔法で椅子を二階のテラスから下ろして自分は持参したロープでするすると壁を伝いテラス下の地面へ着地する、といった方法を考えていたのでしょう。こうしてライトさんはテラスへ続く扉をピッキングして開け、未だ透明な椅子と共に屋外へと出ました」

「……分かった! その頃はまだ晴れてたから、魔物椅子は太陽の光を浴びて目覚めちゃったんだ。で、透明になった状態のままライトさんの首を絞めて殺した。その時ライトさんの身体はぐぐっと宙に浮く形になったから、キールの目にはライトさんがひとりでに浮かんでるように見えたってことだね」
 イオニアはカルメの先を引き取るように言葉を続けた。その横ではキールが口を抑えて顔を歪めている。

「うぇ……じゃあおれが見たのは、まさに殺されてる最中の人間だったのかよ」
「キールくんには気の毒だが、イオニアの言う通りだろう。……そして、術者が息絶えるとその人がかけた魔法も解けるというのは魔法の常識です。かくしてライトさんが魔物椅子にかけた透明化魔法は解けてしまいました。一旦目覚めた魔物椅子は、ほどなくして降り始めた通り雨のお陰でまた休眠状態に逆戻り。イームズさんとローエさんがやってきた頃には、消えそこねた椅子だけがぽつんと残っていたのです」

◆◇◆

「それにしても、まさか帰りの船もキールくんと一緒だとはな」
「ほんとほんと。キール、実は俺のことストーカーしてたんじゃないの?」
「ばっかイオニア、それはこっちの台詞だぜ」

 数日後。カルメ達は再び快晴の下、海の上で船に揺られていた。驚いたことにまたしてもキールと同じ便である。前回と違うのは、この船がケンドル王国からレストールの町へ向かうものだということ。彼らは甲板に出て、気持ちの良い潮風をめいっぱい浴びていた。

「そういやお前ら、歴史学の課題レポートのテーマは決まったのか?」
「うん! これにしたよ」

 カルメに問われたイオニアは一枚のスケッチを見せびらかす。そこに描かれていたのは、ツタをぎゅいんと伸ばした状態で固まった魔物である。線の強弱がはっきりしており、鉛筆だけで描かれているにも関わらず躍動感に溢れる絵だ。

「あら、あの魔物椅子の絵じゃないですか。イオニアくんが描いたんですか?」
「そうだよ。カル兄が魔物椅子を呪文でやっつけた後、ジャヌレさんと国宝担当の人に頼んで特別に描かせてもらったんだ」

 カルメが事件の真相を明らかにしたのち、館長のジャヌレは王宮の国宝担当者へと連絡を取った。『魔王の椅子』が本物の魔物だということは、国宝の管理を任されている担当者も知らない驚愕の事実だったらしい。担当者はすぐに博物館へ飛んできて魔物椅子をしかるべき機関へと送ろうとしていたのだが、受け入れ先の体制が整うまで少し時間がかかるらしく即日の送還は断念。そんなわけで結局その日、冷凍魔物椅子はずうっとテラスに置きっぱなしになっていたのだ。
 置き去りになった椅子を見たイオニアはふと閃いた。この魔物椅子は魔王戦争時代の遺物である。つまり、歴史に関係あるものだと言えるのでは? と。

 少々こじつけが過ぎるかもしれないが、こういう事は勢いと熱量が大事だ。そう思ったイオニアは歴史学の課題レポートの題材としてこの魔物椅子を選んだのである。ということで、彼はキールも誘って魔物椅子の調査を開始。このスケッチはその一環として描いていたのだった。

「そうだったのか。僕はあの後すぐコンレイと飯を食いに行ったからなあ」
「いやー、あそこのデザートも絶品でしたね!」
「そういや、なんであの時僕に着いてきたんだ? もうイオニアと昼飯食べに行ってただろ」
「一人で食べてもつまらないでしょう? 甘いものは別腹なのでいくらでもいけますし。それにカルメくんたら、なんだかんだでわたしの分のご飯代も出してくれるじゃないですか」

 人好きのしそうな笑顔をその顔に貼り付け、にこりと言い放つコンレイ。このハーピー、天然そうに見えて意外とちゃっかりしている。イオニアは彼女の振る舞いにこっそり舌を巻いた。

「……次から割り勘にするぞ」
「いやですー。上司は部下に奢るのがこの世の常ですよ」

 コンレイは憮然とした態度のカルメに図太く言い返した。探偵所における事実上の力関係が変わる日もそう遠くはないかもしれない。

「コンレイさんがカル兄の部下にカウントされるなら、勿論俺も部下カウントだよね? 帰ったらなにか奢ってよ、キールも一緒にさ」
「どさくさに紛れてしれっと要求すんじゃねー」
「そうだぞイオニアー。それは面の皮が厚すぎんだろ」

 冗談めかしたイオニアに対し、めんどくさそうな態度を隠そうともせずつっけんどんに返すカルメ。キールもけらけらと笑いながらカルメに加勢した。と思われたが……
「帰ったらまずおれと一緒にレポートを書く約束だろ? さっさと課題を終わらせて、綺麗な身体になってから奢られようぜ」

「え、君もそっち側かよ?」
「流石キール。話がわっかるう!」

 残念ながらカルメに味方はいないようだ。哀れカル兄、とイオニアはまだ見ぬタダ飯に思いを馳せながら、課題レポートについて考えを巡らせていった。

〈了〉