桜吹雪に黒い影【AIのべりすととの共作】

「……ふぁ」

 暖かな春の日差しにあてられて、イオニアは小さく欠伸をした。春休みの騎士学校には生徒の数もまばらで、イオニアは中庭のベンチを独り占めすることができていた。

 不意にびゅう、と一陣の風が吹く。イオニアは、まるで自分だけが現実世界から隔離されたような、不思議な心地を感じながら桜吹雪を見つめていた。
 暫くたそがれていたのちに、彼はベンチの傍らに置いていたノートの群れから一冊をそっと取り上げ、目当てのページをぱらぱらと探す。春風の気まぐれに邪魔されつつもやがて一枚のページで手を止めて、ペン先をことりと載せた。

「この公式を当てはめるとすると……」

 イオニアの頭の中に数字と記号が浮かび上がってくる中、ふとふわりとした感触が彼の太ももを撫でた。

「ぬわっ?!」

 突然のことにびくりと肌を震わせたイオニアが目をやると、横にいたのは同じく目をまん丸に見開いた毛玉。最初こそ全身の毛を逆立たせて驚いていたが、すぐに尻尾をぴんと立て、ごろごろと喉を鳴らしながらイオニアに擦り寄ってきた。

「なんだ、いつもの猫くんか……」

 ふわふわの毛を撫でさせてもらいながら彼は呟く。真っ黒な毛はするりとイオニアの指をすり抜け、黒猫は気持ちよさそうに目を細めた。

 春休みに入ってからというものの、イオニアはほぼ毎日のようにこの中庭で日向ぼっこ兼勉強をしている。
 代わり映えのない日々を過ごしていた彼だったが、ここ一週間ほどはよくこの黒猫とお相伴にあずかるようになっていた。

(にしても、よく懐いてるな)

 野良猫にしてはずいぶん人に慣れている様子だ。まるで飼い猫のように愛想がよく、腹を見せて寝転ぶ姿などは可愛らしい以外の言葉がない。

「おーよしよし」

 イオニアは微笑みながらその頭をゆっくりと撫でてやる。しかし、そんな穏やかな時間は長く続かなかった。

「――何してるんですか?」

 可憐な声と共に現れたのは、小柄な少女だった。柔らかそうな髪の上にちょこんとのったカチューシャが印象的な彼女は、ベンチの前で立ち止まるなり眉根を寄せてじろりとこちらを見上げてくる。

「えぇと……」
「私というものがありながら、猫相手にデレデレしてたんですか」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「言い訳無用です! 私のことも撫でてください!」

 ずいっと身を乗り出してきたのは、騎士学校の制服に身を包んだ女の子である。
 名前はソフィ・クロエラート。イオニアと同じ騎士学校に通う同級生であり、寮の同じフロアで暮らしている。

「ほらほら早くしてください。時間が勿体ないですよ!」
「あぁもうわかったってば」

 促されるままにイオニアは再び手を伸ばし、ソフィの頭の上へと載せる。途端に彼女の顔が綻び、「ふへ~」と気の抜けた笑みを浮かべた。

「なんというか……幸せそうだね」
「幸せですもん」
「……そうですか」

 当然だと言わんばかりの即答である。

「それで、何をしていたんですか?」
「ん? あぁ、これだよ」

 イオニアはノートを広げてみせる。そこには数式や計算式の走り書きが広がっていた。
「新学期のはじめにある試験に備えて勉強しようと思ってね。せっかくの長期休暇だから無駄にしたくないし」
「真面目ですね~」
「君だって同じでしょうに」
「私は大丈夫ですよ」
「またそんなこと言って……」

 呆れたように嘆息したイオニアだったが、不意に猫が鳴き出したことで意識がそちらに移った。見れば先ほどまで大人しくしていたはずの黒猫が、いつの間にかベンチから降りてどこかへ向かって歩き出しているところだった。

「どこに行くつもりかな?」

 イオニアの言葉に反応したのは当の猫ではなく、隣にいるソフィの方だった。

「……まさか」

 何か心当たりがあるのか、彼女は小さく呟くと慌てて立ち上がり後を追いかけ始める。

「ちょっと待って、ソフィ!」

 イオニアもノートを閉じてから慌ててその後を追う。
 中庭を出て校舎裏を通り、二人が辿り着いたのは学生寮の裏庭だった。花壇に囲まれたそこは人気も少なく閑散としていたが、猫の姿はすぐに見つかった。

「やっぱり……」

 呟いたのはソフィだ。視線の先にいるのは小さな黒い影。

「ふふ。私、最近になってよくこの辺りに来てるんですよ」
「へえ、俺も寮住みなのに気づかなかった」
「――おいで」

 彼女はゆっくりと手を差し伸べた。その言葉に応えるかのように、黒猫は一度鳴いてから差し出された手に頭を擦りつける。
 イオニアは感心したようにその様子を眺めていたが、ふと背後から涼やかな声が響いてきた。

「こんにちは、イオニアくん」
「あれ、アイシアさん?」

 振り返ればそこにいたのは一人の少女。イオニアの一つ先輩である。
 長い金髪が目を惹く彼女は、片手に本を抱えていることからも分かるとおり図書館帰りのようであった。

「こんなところに一人? 珍しいわね」
「いや、俺は——」

 すると今度は、先ほどまでイオニアの隣にいたはずのソフィの姿がいつの間にか消えていることに気付いた。不思議に思った彼は視線を下げてみて、その理由を知る。

「……って、何やってるんだ、この子」
「あら、可愛い」

 いつの間に近づいてきたのか、さっきの黒猫がイオニアの足に体を擦りつけていた。

「この子、イオニアさんに懐いていますね」

 音もなくしゃがんで黒猫を撫でていたソフィは、イオニアの方を向いてにこっと笑いかけた。

「そうなんだ。まぁ、悪い気はしないけど……」

 イオニアもしゃがみ込んで黒猫の頭を撫でる。猫は気持ち良さそうな鳴き声を上げて目を細めた。ソフィはイオニアと黒猫を見比べて頬を緩ませる。

「どうします? このまま寮に連れて帰るんですか?」
「そうだなぁ、寮で飼ってもいいのかな?」
「うーん……残念だけど、その子には既に飼い主がいるみたいよ」
「えっ?」

 アイシアの意外な言葉にイオニアが驚いていると、彼女は抱えていた本を花壇の縁に置いた。そしてその中から一枚の小さな紙を取り出して、それをイオニアへと差し出す。

「これは?」
「迷い猫捜索のチラシ。一週間ぐらい前に貼り出されたみたい」

 アイシアはまるで本物の猫にするように、チラシに載っている黒猫の絵を撫でながら言葉を続けた。

「名前はクロエで、毛並みの黒い猫。人なつっこい性格で、気に入った相手にはお腹を見せて甘える。そして何より、撫でられるのが大好き。これってこの子のことじゃない?」
「確かに……」

 イオニアは黒猫とチラシを交互に見やる。チラシに書いてある住所は、この町の郊外辺りを示していた。

「この住所なら、カル兄の探偵所が近いな。俺がこの子を送っていきますよ」

 イオニアはアイシアにそう言ったが、そこにソフィがずいっと割り込んでくる。

「私も着いていきます! イオニアさんと一緒にいたいです!」
「じゃあ、お願いできるかしら。このチラシも渡しておくわね」
「あっ、ありがとうございます」

 アイシアはイオニアへチラシを手渡す。彼の返答を聞き届けた後、彼女はすらりと長い足で踵を返した。
 残されたイオニアとソフィは互いに顔を見合わせて微笑み合い、どちらからともなく歩き出す。イオニアの腕に抱かれた黒猫は、幸せそうにごろごろと喉を鳴らしていた。

「カル兄ーっ、居るよねーっ?」

 イオニアは黒猫を一旦地面へと降り立たせて、探偵所のドアベルを乱暴に鳴らしながら戸を開ける。
 がらんごろんとうるさい呼び鈴を止めようと、家主はがたごとと階段を降りて玄関へと向かってきた。

「居るに決まってんだろ、僕を誰だと思ってんだ」

 むすっとした口調でイオニアを出迎えたのは彼の従兄、カルメである。出不精魔術師である彼は、片手に古臭い本を持ったままイオニアに向き直った。

「今日は週末じゃないよな。どうした、依頼か?」
「ええと、実は——」

 イオニアが粗方の事情を説明し終わると、カルメは訝しげに口を開いた。

「なるほどな。それで? その『ソフィ』とかいう奴はどこにいるんだ?」
「へ? 一緒に来たよ、ほら……」

 イオニアが後ろを向くと、なんと先程まで隣を歩いていたはずの少女が見当たらない。

「あ、あれ? ソフィ?」

 混乱するイオニアをよそに、カルメは傍らの黒猫を抱き上げた。

「僕はお前の同級生に『ソフィ』なんて奴がいるなんて聞いたことないぞ。というかそもそも、騎士学校の男子寮と女子寮は建ってる方向が真逆だろ」

 イオニアの代わりに、にゃぁんと黒猫が一鳴き。カルメの腕から器用にすり抜け、イオニアの足へ擦り寄った。カルメはそれを見て複雑そうな顔をする。何故か彼は動物に好かれづらい体質なのだ。

 それとは反対に——

「その『クロエ』って猫が、魔術でお前に人間の幻を見せてたんだろう。よかったなイオニア、そこまでするほど惚れられて」
「幻? ……あっ」

 カルメに促されて、イオニアは今までのことを思い返してみる。びゅぅ、という風が吹いてから、どこか夢心地のような不思議な感覚に包まれていた、ような気がする。『ソフィ・クロエラート』という少女がまるでイオニアの記憶に最初から存在していたような。

「魔術を扱えるのは人間やエルフだけじゃない。動物だって、才能と魔力さえあれば魔術の行使は可能だ」

 もっとも、加減がわからず暴走しちまうこともあるがな——そうカルメは付け加えた。

「きっとこの猫はお前のことを好きになって、人間の姿で一目話してみたいとでも思ったんだろう。それにしたって、行使する魔術が高度過ぎる気もするが」
「そうだったの?」

 イオニアはクロエを抱き上げ、くりくりしたガラス玉のような両眼と目を合わせる。クロエはにゃん、と鳴くが、その言葉は人間であるイオニアにはわからない。一抹の寂しさを覚えつつも、彼はごろごろと鳴り続ける黒猫の喉を指で優しく撫でた。

「ま、今となってはまたこの猫が『ソフィ』になってくれないとわからねーな」

 カルメはふぅ、と息をつく。

「で。その猫どうするよ。一応僕はチラシに書いてある住所の奴とは知り合いだぜ」
「うん、責任持って家まで送ってあげるよ。それでさ……」
「ん?」

「たまに遊びに行ってもいいですか、って聞いてみる。わざわざ人間の幻を見せてまで俺と話したがってくれたんだもんね」
「ああ、いいんじゃないか? 確かそこの家主は優しそうなばあさんだったはずだ。きっと聞き入れてくれるさ」
「うん!」

 張り切ったイオニアの声に重なるように、黒猫もにゃんっ、と元気良く鳴いた。

〈了〉

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中盤の人間バージョンのクロエが出てくる場面あたりはAIのべりすとのAIに書いてもらったものです。ちょこちょこ手直しを加えているので、先日の小説よりは自然な共作になっている……はず……。
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