「お手洗い行ってくる」
そう言い残して、俺は喧騒に包まれたテーブルから離れる。ぽやあっとした意識の中、『化粧室』という文字の書かれた看板達を辿ってなんとか厠へと到達した。
体内に吸収した水分をめいっぱい排出したあとは、元来たテーブルへと戻って再び酒をあおるのだ。その一心のみを抱いて用を足し、意気揚々と化粧室の扉を開け、勢いあまって鴨居に頭をぶつけつつも酒場の廊下へと帰還する。酒への渇望を胸に一歩踏み出し、リズミカルに足を鳴らして直進したとき。ふと気付く。
——ここはどこだ? 俺達のテーブル、どこにあるんだっけ?
酔いの回り切った頭は巡らせた考えをすぐに打ち消し、ぱやぱやと断片的な情報のみを演算する。そもそもどうして酒場というものはこう入り組んだ廊下の店が多いのだ。周りの人も獣人もエルフも亜人もみな同じように見える。
にっちもさっちもいかなくなって廊下の真ん中で立ち尽くす。そんな俺に、ふと背後から話しかける声があった。
「もし、お前さん。そんなところに突っ立ってたら危ないぞ」
俺よりすこし低い身長に、聴いていて耳心地よい音程の声。ぱっちりとした目元の中心には紫の瞳。右の横髪のみを伸ばして括っている独特な髪型の人だ。
「あ、ええと……」
急に話しかけられてまごついている俺を見かねて、その人は言う。
「お前、すぐそこのテーブルに座ってた奴だろ? もしかして自分のテーブルがわからなくなってたのか?」
「そうか! そうだったのか!」
「うわっ、急に元気になるなよ。できあがりすぎだろ」
ぶっきらぼうな物言いが俺の胸に突き刺さる。ああっ、もっとこの美人に罵倒されたい……! 容姿端麗とはまさにこのこと! 絶世の美女じゃないか、この人は!
俺はたまらず彼女の肩を掴み、情熱的に口説きにかかる。ふふん、俺のテクニックを見せてやるぜ!
「ありがとうご婦人。お礼に酒をおごるから、俺と二人で飲み直さないか? いいバーを知って——」
「『アクア』」
「ごぼっ!?」
みなまで言う前に、俺の身体には冷や水が浴びせられた。精神的にも、物理的にも。酩酊した俺の目の前にいた美人は、ただ一言。
「僕は男だ、ばーーか!」
ドスの効いた声で水魔法を詠唱したその男は、俺の酔いも、恋も、さましたのであった。
〈了〉
もちろんこの紫の瞳の男はカルメです。
【ガチャ結果】
No.1342 酔う
No.4255 容姿端麗
No.1181 絶世の美女[https://tango-gacha.com/?words=1342.4255.1181](https://tango-gacha.com/?words=1342.4255.1181) #ランダム単語ガチャ