麒麟の躓き塞翁が馬

「うーむ……」
 自宅の広い庭先で鈍く輝く大きな鉱石を前にして、自称『探偵』の土魔術師は控えめに唸っていた。行儀の悪い体勢でしゃがんでいる彼、カルメの目の前にあるのはミスリル鉱石と呼ばれる物質だ。

 たまたま町を訪れた行商人から手に入れたそれは、産出される地域が限られているが加工のしやすさと丈夫さ、そして見た目の美しさと三点揃った良鉱物なため昔から鍛冶屋や鉱物マニアの間では高値で取引されてきたのだ。土魔法を最も得意とするカルメはいち早くミスリルの価値に気づき、他の人間に買われる前に自らのものとした。

 要するに、衝動買いである。

 さて。買ったは良いが彼は鍛冶などとんとできぬ。土魔法使いは鉱物に魔法を込めて魔法道具を作ったりもするが、こんなに希少価値の高い鉱物をそうやすやすと庶民的な魔道具にするのはいささかもったいない思いもある。一般的な漬物石の十倍ぐらいの大きさはあるこの岩を手作業でどうこうしようというのも、貧弱な魔法使いであるカルメには到底無理な話であった。

「どうすっかな、これ……」

 思考は完全に行き詰まった。うむ、とりあえず家の中に帰ってゆっくり文献でも調べてみよう。ぽりぽりと頭を掻きながら気だるげに立ち上がったカルメの頬に、ぴとりと冷たい水が吸い付いてきた。彼が空を見上げると、見事なまでの曇天が視界いっぱいに広がる。

「やべっ、雨降ってきたな。さっさと帰ろ——」

 と誰に言うでもなく独り言ちて駆け足になる彼だったが、玄関の扉を開く直前になって庭にいつもと違う物体を放置していることを思い出した。ミスリル鉱石である。雨風に晒されてしまったら、ミスリル特有の光沢や輝きに文字通り泥がつきかねない。彼は慌ててあの重量級の荷物をどうにかしようと、いつも通り土魔法を唱えた。筋力のない彼に代わって力仕事を引き受けてくれる、ゴーレムの生成魔法だ。

「おらっ」

 慣れた手つきで無詠唱のまま魔法を発動させるカルメ。彼の術式に応えて、降り始めた雨の中でもりもりとゴーレムが形作られていく。いつも通りの術式で、いつも通り地面からめきめきとゴーレムが作られる。
 はずだったのだが。

「……あれ。なんか……違くね?」

 彼の目の前へと、自律した鈍い輝きがどすどすと歩いてくる。いつもカルメが作っている土ゴーレムとは明らかに力強さが違う。雨に濡れて、泥を跳ねさせながらも、懸命にこちら側へと歩みを進める出来立てのゴーレム。

「お前……ゴーレムになっちゃったのか……」

 焦って魔法をかける対象を間違えたのだろう、カルメの眼前には彼の魔力を受け取って生き生きと動くミスリルゴーレムの姿があったのだった。

〈了〉

elonaでカルメのデータを作る際ミスリルゴーレム入りのモンスターボールを持ったデータを引き継いだので、彼は最初からミスリルゴーレムのユイガスと共に旅をしています。せっかくなのでこれを創作のほうにも反映してみました。

ちなみに何故ミスリルゴーレムにしたかというと、ゴーレム系のモンスターの中でオーソドックスに使い勝手がよさそうだったからです。