4.解答編-後編

「そのままの意味さ。この一連の不可解な出来事は、元を辿ればお前の行動に原因があるんだよ。そういう意味では、『イオニアが両替男を召喚する魔法を使った』とかいう噂も当たらずとも遠からず、ってとこだな」

 ふはは、と小さく意地の悪い笑い声を含ませつつカル兄はそう言った。俺はたまらず反論する。

「いや意味わかんないし……説明と俺の弁解の機会を求めます」

「はいはい、んじゃ説明からな。まずこの謎は『男が五十ゴールド硬貨を千ゴールド紙幣へ両替しに来る』と『毎週毎週、土の曜日にだけ来る』という二つの大まかな事実で成り立っている。それぞれ単体だけだとインパクトの強い謎とはいえないだろう」
「そうだね。両替自体はどの商店でも日常茶飯事だし、毎週同じ曜日に来るお客さんはありふれてる」
「ああ。この二つの事実が合わさって『どうして毎週一定の曜日にだけ、五十ゴールドを千ゴールドへ両替しに来るのか』っていう謎になってるのさ。だからここはそれぞれ分解して、一つずつ解決してしこうじゃないか」

 ぴん、と人差し指を伸ばして、カル兄は芝居がかった口調で話を続けた。安楽椅子はぎい、ぎい、とゆったり音を立て続けている。

「まず一つ目。『何故両替しに来るのか?』については、男が紙幣を欲しがるのではなく、硬貨を手放したがっていると考えてみると一つの仮説を立てることができるんだ」
「そんなの、言い方を変えただけで意味するとこは同じじゃないの?」
「そうでもないのさ。さあイオニアくん、クイズです。一、十、五十、百、五百。ここローレスタ共和国で発行されている五つの硬貨の原材料をそれぞれ答えなさい」
「えっ? ええっと……」

 乱暴に話のバトンを渡された俺はしどろもどろになりつつ、この国の通貨の形と色を思い出した。確か一と十は茶色、五十は灰色、百と五百は黄色だから——

「一ゴールドと十ゴールドは銅、五十ゴールドは銀、百ゴールドと五百ゴールドは金……だよね?」
「正解。この中で五十ゴールド硬貨だけが銀から造られている。話は変わるが、お前の故郷の国……マーレディア王国で発行されている硬貨は全て金貨だったな?」
「え? うん。割と豊かな国だからね。こっちに来て物価の安さにびっくりしたよ」
「だろうな。この国では金、銀、銅と三つの金属から作られた硬貨が存在する。勘定するのには便利だが、その分取り扱いには注意が必要なんだ。とりわけ、この町みたいに色んな種族がごった返してるところではな」

「取り扱い……例えば金と銀は柔らかいからあまり乱暴に扱ってはいけない、とか銅はすぐ熱くなるから近くで火魔法を使ってはいけない、とかそういうやつ? それなら流石に俺でもわかるよ」
「いや、そういう化学的な意味じゃなくて、慣習的な話さ。この町には人間やエルフ、獣人など様々な種族が住んでるのは知ってるだろ? そして、その中には銀を縁起の悪いものとして扱う種族もいる。それが人狼と吸血鬼だ。だからこの国で会計をするときは、人狼や吸血鬼相手に銀貨……つまり五十ゴールド硬貨を渡してはいけないという不文律があるんだ」
「そうだったの!? 知らなかった……普通にお客さんみんなに銀貨を渡しちゃってたよ、俺」

 昨日のリラとのやり取りが脳裏に浮かぶ。言われてみれば、吸血鬼である彼女の様子がおかしくなったのは俺がお釣りの銀貨を渡したタイミングだったような気がした。カル兄は固まる俺をちらりと見てから話を続けた。

「じゃあ、お前はここ一か月吸血鬼と人狼相手にずっと銀貨を渡してたことになる。この国の出身者だと赤子でも知ってる常識だからな、まさかお前が知らないとは思わず、釣銭が足りないから仕方なく渡してるとでも思われてたんだろうさ。僕もこの国に来た時は……いや、その話はまだいいか。とにかく、人狼か吸血鬼の奴らは自身の種族にとって縁起の悪いものを渡されてしまってさぞ困ったことだろう。いくら貨幣だとしても、こんなものは持っているだけで落ち着かない。そこで彼らは何とかして銀貨を手放そうとした」
「なるほど、それでその人達は『両替』という方法を選んだってことか」
「そうそう。段々飲み込みが早くなってきたな? 一番手っ取り早いのは銀貨を自分たちでも手軽に扱えるような原材料のものに替えることだ」

「ふむ……確かにあり得そうな話だけど、残念ながらあの両替男は別に人狼でも吸血鬼でもなかったよ。耳も尻尾もついてなかったし、目の色も青だった」
「ああ、その通り。恐らくその『両替男』とやら自体はただの人間だ。人狼か吸血鬼が使い走りの人間をよこしたんだろう。そいつは両替だけが目的なんだから、それが終わればそそくさと退散するのは道理さ。ということで、妙にせかせかした両替男の完成ってわけだ」

 一通りまくしたてたのち、カル兄はまた飽きもせず安楽椅子をぎいぎい揺らす。よほどそれが気に入ったらしい。
 それにしても、だ。両替男は千ゴールド紙幣を受け取るためではなく、五十ゴールド硬貨を処分するために両替を頼んできたというのは目から鱗だった。そしてカル兄の言うことが正しいとしたら、その人間に両替をするよう頼んだのは俺が接客した人狼、もしくは吸血鬼ということになる。

「人狼か吸血鬼か……せめてどっちの種族なのかが判れば、余計な手間をかけさせちゃったお詫びが言えるんだけどなぁ」

 ふう、とため息をついて俯く。あの購買に来る人狼も吸血鬼もそう多くはない。俺がお釣りに五十ゴールド硬貨を二十枚以上も渡すほどの常連ともなれば、その人数はぐっと絞られるだろう。
 そんな俺の嘆きに呼応して、カル兄はまた活き活きと声を張り上げ始めた。

「それについてはもう一つの問題『その両替男が土の曜日にだけ来るのはなぜか』を解けば、自ずと答えも判るだろう」
「んー……。単純に、その日が一番暇なんじゃないかと思ったけど」

「そういう可能性も無きにしも非ずだが……これも逆の発想で考えてみろ。土の曜日にしか来ないんじゃなくて、土の曜日にだけ来れない可能性はないか?」
「へ? どういうこと? 実際その両替男は土の曜日に来てるじゃん」

「いや、僕が指してるのは両替男じゃなくて、両替を頼んでる張本人のほうだ。だってそいつはイオニアのいる店で銀貨を渡されてるんだろ? どうしてわざわざ自分以外の奴に両替を頼む必要があるんだろうな?」
「うーん、確かに二度手間だよね」

 首を傾げると、カル兄は返事代わりに「んんっ」と喉の調子を整えた。いつの間にか安楽椅子の音は止まっており、彼は喋りに夢中である。謎解きを心から楽しむ彼の声に、俺は耳を傾けた。

「僕が思うに、その両替希望人は人狼ではなく吸血鬼の方だ。というのも、吸血鬼に伝わる数多いしきたりの一つに『土の曜日は家から出られない』というものがあるんだ。だからそいつは土の曜日に自分の世話人か何かの人間に頼んで銀貨の両替をしに行って貰ってたんだろう。お前、吸血鬼の常連に心当たりはあるか?」
「……ある。同級生の家族なんだけどね——」

 吸血鬼の常連、と聞いて真っ先に思い浮かんだのはリラとその一族である。忘れるものか、リラのお祖父さんは俺が初めて接客した人だ。右も左も分からないままおろおろしている俺にとても優しくしてくれて、いつもにこにこと応対してくれた朗らかな人。その他の家族も皆穏やかでいい人ばかりで——

「ふうん。じゃあその銀貨を替えたがっていた人っていうのはその一族の可能性が高いな。おおかた、イオニアに余計な気を遣わせたくなくてこんな回りくどいやり方をしたんだろう」
「う、申し訳ない……」

 先程カル兄が言っていた『犯人はイオニア』とはこういうことか。知らず知らずのうちに彼らの優しさに甘えてしまう形になっていたことに気付き、俺はがくりと肩を落とした。

「ま、そう落ち込むなって。今度会ったら菓子折りでも渡せばいいだろ」

 慰めなのか突き放しなのか、カル兄は単調な声色でからりと言い放つ。あっという間に謎を解き明かした彼は、ぎぎい、と心地よさそうにひときわ大きく安楽椅子を揺らした。その表情は得意げなようにも、面白げなようにも見える。

 それにしても、だ。いくらカル兄の頭の回転が速いといっても、まさか俺の話を聞いたほぼ直後に謎を解き明かすとは思わなかった。「さっすがカル兄。俺の話を聞いてすぐに真相が判るなんてすごいね」

「ふん、こんなの謎でもなんでもねーよ」

 俺が心からの賛辞の言葉を贈ると、ずいぶんと強気で自信ありげな答えが返ってくる。こういう時は素直に受け取ればいいのに、変なところでひねくれ者なのは昔から変わらない。ちょっとむっとした俺は、わざと意地の悪い言葉を投げかけた。

「へえ、カル兄にとってこんなつまらない問題は朝飯前って感じ?」
「怒んなよ、別に威張って言った訳じゃないさ。ただ——」

 よそ者探偵は右手を気だるげに振り小銭をばらまくような仕草をしながら、悪戯っぽい笑みをこちらに向けてこう続けた。

「僕もこの国へ引っ越してきた当初に全く同じやらかしをしたことがあるだけだ。吸血鬼相手に、こう、銀貨をジャラッとな」

〈了〉