5.スピード解決記録更新

「……で、なんでお前は教会まで着いてくんだよ」
「そんな言い方ないでしょー! あたしも一回カルメの探偵の仕事見てみたかったんだもの。まさかあたしの馬車を足代わりに使うだけ使っておさらばするつもり?」
「その通りだよ、本来辻馬車ってそういうもんだろ?! そんな中途半端な気持ちでするもんじゃねえぞ、謎解きは! 探偵はもっと華麗に、スマートに、矜持を持って仕事に臨むものであってだな——」
「はいはい、二人ともそれぐらいにしてね」
 やいやい騒ぐカルメとカペラを宥めるイオニア。今回の探偵所ご一行である彼ら三人は、一日ぶりにレストール教会へ足を踏み入れた。
 大がかりな両開きの玄関ドアをぎぎい、と開けると、まず広がるのは礼拝堂だ。
 教会の一階部分の多くはこの礼拝堂のスペースになっており、その隅には聖品を収める倉庫へと続くドアがあった。二階にはここで働く者たちのための事務室、水仕事のための台所、客人などをもてなす談話室、そしてここに住み込みで働いている牧師ディルフィスと修道女見習いカミーユの私室があるという。
 いつもは牧師でありこの教会の長であるディルフィスが礼拝堂に常駐しているが、丁度今は台所で昼食の準備をしているらしく不在だった。
「……と、ざっくりとした説明はこのようなものですわね。早速二階へご案内致しますわ」
 レーニアが先導し、ぞろぞろと階段を上がる一同。彼女が談話室の扉を明けた瞬間、何とも言えない香りが辺りに漂ってきた。
「んっ……? 何の匂い、これ?」
 カペラは思わずハンカチを取りだし鼻を覆った。古い鉄のような匂いが談話室に充満している。顔をしかめたカルメ達の後ろで、ドロシアが声を張り上げた。
「エヴィアお兄ちゃん、こんなとこで錬金しないでくれる?」
「まあまあ、もうちょっとで終わるから見逃してよ。ちゃんと後で消臭薬も作っておくからさ」
 談話室の机で何やら小さくて不気味な壺の中身を弄っているのは、カルメ達の記憶にも新しい白髪の美青年。彼はカルメ達の存在に気が付くと、手を止めぬまま親し気に話しかけてきた。
「やあ、君達は昨日広場で会った従兄弟コンビだね。あの時は結局僕の自己紹介が出来なかったから、ずっと気にかかっていたんだ。改めて……僕はエヴィア、エヴィア・セフェリアディス。ドロシアの兄でありディルフィス兄さんの弟、そして天才錬金術師さ!」
「あ、ああ。よろしく頼む」
 エヴィアの放つ独特なオーラに圧倒されつつもカルメはそう返答する。
 このひと、イケメンなのは確かなんだけどいちいち言動がきざったらしいな……と、カルメの横にいたイオニアも、いつもの人好きのする表情の裏で密かにエヴィアを変人認定していた。
「エヴィアさま、何をお作りになっているのです? 女神像が無いのに、武器軟膏だけあっても意味がありませんわよ」
 エヴィアが謎の錬金に精を出しているのを見て、レーニアは彼に問う。するとエヴィアは目をぱちくりさせた後、成程という風に手をぽんと打った。
「そうか、レーニア達はまだ知らないのか。ふふふ、実はね、昨日忽然と消えたはずの女神像は、今日の朝になってひょっこり家出から帰ってきたのさ」
「えっ、そうなのか!?」
 彼の言葉に一際驚いたのは勿論カルメである。それもそのはず、エヴィアのその言葉は彼にとって探偵仕事のキャンセルと同義なのだ。もしこれが本当なら、カルメ達の訪問は完全に無駄骨である。
「うん。ディルフィス兄さんが今朝、礼拝堂の元あった場所に鎮座している女神像を見つけたらしいよ。相変わらず傷がついたままみたいだから、僕は今こうやって修繕用の薬を作っている最中なんだ」
「そーかよ……」
 見るからにがっくりと肩を落とすカルメ。折角の謎と相まみえる機会を逃して、心底残念そうに呟いた。その様子を見て、ドロシアがばつの悪そうにカルメ達へ声をかける。
「ええっと……ご、ごめんなさい。わざわざご足労いただいたのに消化不良に終わってしまって……」
「いえ、お気になさらずに! 女神像が見つかってよかったわよ」
「うんうん。ところでエヴィアさん、その女神像って今どこにあるんですか?」
 本心からの言葉でカペラは快活に答える。イオニアもそれに同調し、加えて彼はエヴィアに女神像の所在を訊ねた。実のところ、彼は一昨日に例の女神像をきちんと見られなかったのでずっとそわそわしていたのである。見られるものなら見たい、何なら触ってみたい、いつでも像を感じられるようスケッチもしておきたい! というのがイオニアの本音だった。まあ、後者二点は無理にとは言わないが。
「今はカミーユが台所に持って行っているよ。なんでも一昨日の事件で像が床に転がって汚れてしまったから、修繕する前に洗っておきたいらしくてね」
「なるほど。じゃあレーニアさん、エヴィアさん。俺たちも女神像の修繕に立ち会ってもいいですか? 俺、どうしてもあの女神像を間近で見たいんです!」
 ぱんっ、と胸の前で手を合わせて申し入れるイオニア。傍らのカルメは「そんなに見たいモンかよ」と半ば呆れた視線を彼に向けた。
「見たいに決まってるよ! マーレディア出身のアルハローラ教信者は、人生でどれだけ多くの女神像を見たかで友達と勝負するんだから!」
「……それは宗教のいち信者として正しい姿なのか?」
 ケンドル出身者のカルメの突っ込みはイオニアには刺さらない。カルメの言葉は無視して、彼はレーニアに懇願した。マーレディア出身の彼女はうんうんと頷きながら、彼の申し出を快く承諾したのであった。