14.女神の真相

「このように皆を集めるということは、カルメさん。犯人が判ったのですか?」
 エヴィアのマントを引っ張りつつ談話室に入り、扉の前に立つドロシア。彼女は次兄のマントからぱっと手を離すと、少しぴりぴりした声色で言った。どうやら彼らの収穫はなかったようだ。
「ああ。立ち話もなんだ、ドロシアさん達もソファに座ってくれ」
 カルメは談話室をぐるりと見渡し、空いているソファを手で示す。大きなテーブルを取り囲むように四つのソファが置いてあり、それぞれカルメとイオニア、カペラとカミーユ、ディルフィスとレーニアが腰掛けていた。
 机の上には左肩に傷が付いた女神像がぽつんと佇んでいる。偽物の女神にじいっと見つめられているような心地がして、イオニアはちょっとだけ緊張した面持ちのまま身を固くした。
 ドロシアがエヴィアと共にソファへ座ったことを見届けると、カルメは足を組み替えてから話を再開した。
「僕が皆さんをここへ集めてお話したいと思ったのは、『女神像すり替え事件』の犯人を明かすためです。……が、先にひとつ言っておきたいことがあります」
「なんだい?」
 エヴィアが言う。
「今回の事件、犯人のことをあまり責めないでやってください。動機は恐らくかわいいもんですよ」
「はあ。つまりどういうことですか?」
 未だ要領を得ていないドロシアの言葉にふっと笑みを返し、カルメは全体へ向けて話を再開する。
「この事件、きっと動機は女神像の強奪や窃盗ではありません。というのも——なあ、カペラ。お前、エヴィアがさっき武器軟膏での治療を失敗したときどう思った?」
「い、言いづらい話をいきなり振らないでよ……。ええっと、ごめんねエヴィアさん。実はあたし、『怪しさ満点だったからてっきり失敗すると思ってたけど、どっちにしろ像が偽物なら失敗するに決まってるわね』みたいなことを思ってたわ……」
「だろ? そうしてあの時談話室には、まあ像が偽物なら仕方ない、というムードが漂っていた。つまり女神像が本物から偽物にすり替えられたことによって、エヴィアの名誉は実質守られた、とも言えるでしょう。つまりこの事件の犯人の目的、要するに動機は『エヴィアに恥をかかせないため』なのではないでしょうか」
「僕?」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてエヴィアが言った。
 さもありなん、いくら怪しげな立ち振る舞いをしていたといっても、エヴィアは正真正銘本物の錬金術師なのだ。女神像を偽物にしてまで名誉を守る必要はない。カルメの話を横で聞いていたイオニアはすぐにこう思ったし、それはエヴィア自身も同じようだった。
「カルメくんは当然知ってると思ってたんだけどなあ。僕はホントにホントの錬金術師だよ。武器軟膏だって何回も作ったことがあるし……そんな僕が失敗するわけないじゃないか」
「ああ、勿論僕は当然知ってたさ。だがこの中に二名ほど、それを知らない人間がいたみたいなんだ」
 カルメがカペラのいる方角に頭を向けると、彼女は気まずそうに顔を逸らした。
「そして話を戻しますが、そもそも大前提としてこの事件の犯行は元々偽物の女神像の存在を知っていた人間、つまり教会側の人間に限られることとなります。ディルフィスさん、レーニアさん、そしてカミーユの三人ですね。このうち、ディルフィスさんはエヴィアの実の兄さんということで当たり前に彼の実力をご存じでしたでしょう。よって容疑者からは除外できます」
 うんうん、とドロシアが頷く。彼女自身もエヴィアの妹であり、当然彼の腕前を知っていたうちの一人だ。いきおい、彼女はカルメが話すよりも先に残りの教会関係者へ詰問を開始した。ターゲットは彼女が前々から疑っていた修道女、レーニアだ。
「ではレーニアさん。貴方はどうなのですか?」
 いきなり話のバトンを投げ渡されたにも拘らず、レーニアは狼狽えることなく穏やかに返答した。
「おほほ、わたくしを疑っていらっしゃるのですね」
「ええ、そうです。貴方は一か月前にここへ赴任されてきたようですが、その前はどこで何をなさっていたのですか?」
 ドロシアは警官特有の鋭い正義の眼光を駆使してぴしゃりと言い放つ。「おい……僕の見せ場を奪うなよ……」とぼやいているカルメをよそに、ドロシアとレーニア、二人の間には緊張感が走っていた。
 俄然、談話室の空気がぴりりと張りつめる。これ以上空気が悪くなるようなら何かしら手を打たないとな、とイオニアが考え始めたその瞬間、レーニアは子供のように無邪気な笑い声を上げた。
「ふふっ、うふふふっ!」
「はい? どうしました、いきなり」
 急に可愛らしい笑い声をあげた相手を見て、呆気に取られてぽかんとするドロシア。
「うふふふっ……ごめんなさい。どうもこういった真面目な場面になると笑いの沸点が低くなってしまう性質でして。なんだかわたくしが犯人扱いされている事実が面白くて面白くて……ふふふ」「あ、そうなのですか。……あのう、私の質問に答えていただきたいんですけど」
 すっかりレーニアのペースに巻き込まれてしまったドロシアは、人差し指で頬を掻きながら言った。その表情は先程から一転、緩んでしまっている。
「御免あそばせ、ですが残念。わたくし、マーレディア王国はストマーレの出身ですの。一か月前まではストマーレの大聖堂で聖職をしていた生粋のマーレディア人でしてよ」
「えっ、ストマーレ!?」
「どこ、そこ?」
 割り込むように驚きの声を上げたのはイオニアだ。彼は首を傾げたカペラに説明する。
「ストマーレっていうのは、アルハローラ教の聖地だよ! お城みたいな大きさの大聖堂があって、そこでは沢山の聖職者の人が住み込みで働いてるんだ。この大聖堂での勤務歴があると聖職者としての箔がつくらしいんだよ、つまりエリートってこと!」
「イオニアくん、よくご存じで。ということで、わたくしもディルフィスさま達と同じくマーレディア出身なのですわ」
「そうでしたか……」
 アテが外れてしょぼんとするドロシア。力なくソファへ体重を預けた彼女の頭をエヴィアがぽんぽんと撫でようとしていたが、ドロシアはそれを気だるそうに腕ではねのけた。
「ふふふ、僕のちょっかいをあしらう元気はあるみたいだね」
「分かってるなら絡んでこないでよ、もうっ」
 一方カルメは話がひと段落ついた隙を狙い、また話し始める。
「はあ、人数が多いと中々話が進まねぇな。……とにかく。レーニアさんは今分かったようにマーレディア王国のご出身です」
 興奮しているイオニアとは対照的に、対して驚いた様子もなく淡々と言い放つカルメ。その様子に違和感を覚えたカペラはずけずけと口を挟んだ。
「ちょっと待ってカルメ。あんた、レーニアさんがマーレディア王国出身だってことを知ってたの?」
「ああ。エヴィアがイオニアに武器軟膏を使った場面を思い出してみろよ。あのとき、レーニアさんはお前みたいに大袈裟に驚いたりせず、『こんなに手際の良いのは初めて見た』というようなことを言ってただろ。つまり、錬金術について基礎的な知識は持ち合わせていたと思われる。——そうですよね?」
 カルメの問いに、レーニアはこくりと頷く。カルメはそれを確認してからふう、と息を吐き結論へ話を進めた。彼の視線の先には、先程から一言も言葉を発しないものが一人。
「ということで、残ったのは。このすり替え事件を起こしたのは。カミーユ、君しか考えられないんだよ」