10.コンレイの推理

「わ! このお肉の蒸し煮、微妙に酸っぱいですね」
「けど柔らかくて美味しいね。きっと蒸し煮する前にお酢でマリネしてるんだと思うよ」
「なるほど、料理上手は分析もお上手ですね。あっ、このじゃがいものお団子もおいしーい!」

 ジャヌレに案内されたレストランは、なんとケンドル料理の専門店。あまり見慣れない料理が並ぶメニュー表に対しちょっぴり及び腰になったイオニア達だったが、意を決して注文してみると中々のお味である。すっかりケンドル料理の虜になった彼らは初体験のメニューに舌鼓を打ち、もう一人の旅行者のことなどすっかり忘れて幸せに浸っていた。メイン料理を食べ終わり一息ついた二人は、デザートが運ばれてくるのを待つ間に先ほどの話の続きを始めた。

「そうだ、さっきコンレイさんが言おうとした話って何のこと?」
「ああ、犯人が『どうして』ライトさんを殺したのかってことですね。よーく考えてみてください。犯人は一回特別展示室から椅子ごと転移魔法で消えたんですよね。椅子を盗むのが目的なら、わざわざ現場に戻ってきてライトさんを殺す必要はないと思うんです」
「言われてみれば……確かに、探偵であるライトさんが来た時にはもう椅子は盗まれた後だったんだもんね。この事件を強盗殺人、って解するのはちょっとおかしいかも」
「でしょう? そこでわたしは考えました。犯人は、ライトさんと面識があったのでは!? と!」

 ばばーん、という効果音が聞こえてきそうなテンションで言い放つコンレイ。イオニアはいまいち要領を得ないまま問い返す。

「なにそれ、犯人はライトさんの知り合いだったってこと?」
「いいえ、知り合いでもないと思います。たぶん」
「たぶんって……」

「知り合いかどうかは重要じゃないんです。思い出してみてください。椅子が消えたときのことについて、今朝イームズさんは『ライトさんが先に特別展示室に入っていったので、私は慌てて通路にある照明魔具のスイッチを点けに行きました』とおっしゃってましたよね。つまり、短時間ではありますがライトさんは特別展示室にひとりっきりだったわけです」
「そうだね。……あ! もしかしてその時に犯人と鉢合わせてたってこと?」

「はい。ライトさんが特別展示室に飛び込んだ瞬間、そこには転移魔法で消える直前の犯人がいたのです! 実は転移魔法って、呪文を唱えてから実際に発動するまでちょっとだけタイムラグがあるんですよ。犯人が消える直前にライトさんとばったり鉢合わせてしまう、ということも魔法的には十分ありえます。ライトさんが『犯人は転移魔法を使ったのでしょう』と言ったのも、実際にその目で逃走場面を見ていたからだと思います」

「へえ、初めて知った。じゃあコンレイさんは、ライトさんが殺された理由はずばり口封じって言いたいわけだね」
「その通りです! 犯人は転移魔法を使ったものの、魔法が発動する直前に運悪く顔を見られてしまった。仕方ないのでもう一回博物館に戻ってきてライトさんをテラスまで誘導。持ってきたロープで犯行に及び、また転移魔法で何処かへと消え去った、というのがこの事件の真相です」

「じゃあ、その後死体がふわって浮かんだのはどうして?」
「ええっと、それは……きっとあれですよ! 目に見えない通りすがりの幽霊がこう、ぐわって!」
「なるほど。考えてなかったんだね」
「いいんです、もう! とにかく最後まで聞いてください」

 話の腰を折られたとばかりにぷんすか腹を立てるコンレイ。イオニアの返答を待たないまま、彼女は矢継ぎ早に話し続けた。

「そして! さっきわたしは犯人の落とし物っぽい物を見つけてしまったのです。これを見てください」

 そう言ってコンレイが肩掛け鞄から取り出したのは一枚の紙だった。先程彼女が見つけた謎の楽譜である。

「この楽譜はガーデンテラスで見つけたんですが、博物館の収蔵品でもお客さんの忘れ物でもないらしいです。ということはつまり、これこそ犯人が犯行のときに落としていったもの。この楽譜の持ち主を探せば、自ずと犯人に辿り着くのではないでしょうか!」
「うーん、確かに筋は通っているような気がする。なんだかコンレイさん、カル兄みたいだね?」
 一連の推理を聞いて、イオニアはそれなりに納得させられた。幽霊に関しては眉唾ものだが、それ以外の話はじゅうぶん現実味のある話だ。

「うふふ、ケンドル王国一の名探偵の座がこのわたし、コンレイに渡る日も近いですね」
「え、そんなの狙ってたの?」
「狙えるもんなら狙いますよー。うまく売名できればうちの実家のロッジも大繁盛ですからね!」
「策士だ……」
「経営戦略に長けていると言ってください。ほら、デザートが届きましたよ!」

 給仕の男性が運んできたのは、ココアパウダーを入れて作られた黒いスポンジケーキを白いホイップクリームで覆い、てっぺんに砂糖漬けされたさくらんぼが乗ったケーキである。

「『黒い森のさくらんぼケーキ』ですって。変わった名前ですね」
「見てるだけで口の中が甘くなってくるなあ。……あ、そうだ。会計のとき、一切れカル兄用に買って帰ろう」

 話の流れで昼飯抜きにしてしまったのだから、これくらいはしておかないと。そう思ったイオニアは甘党の従兄の機嫌を取るため、お土産を持って帰ることにした。