12.なんてことない真相

「……どういうことですか?」

 意味がわからず問いかけるコンレイに対し、カルメは一見脱線した質問を返す。

「お前、今まで博物館に行ったことはないよな?」
「え? なんですか急に。確かに博物館に入ったのは今日が初めてですが……」

「なら、展示室がどうなってるかなんて知らないはずだ。いいか? こういった芸術品を展示する場所は、展示物が光で劣化しないように窓がなかったり、照明が絞られてたりするんだ。特に紙系の物は劣化具合が顕著でな……。ま、とにかく件の特別展示室も例外ではない。いくら朝とはいえ、窓のない展示室は真っ暗だ。照明が点いていない状態ならなおさらな」
「そうだな。特別展示室は借用したものを展示する部屋なので、部屋の環境には殊更気を付けていると聞いている」
 アロンが補足する。カルメは頷きつつ説明を続けた。

「いくら朝とはいえ、窓もついていない特別展示室は照明を点けるまでほとんど真っ暗な状態だろう。コンレイ、お前はそんな状態で目が見えるのか」
「わたし達ハーピーは人間であり鳥なので、暗いところはあんまり見えないですねえ。……あっ!」
「そういうこった。アロンさんだってハーピーだろ? 極端に暗い場所じゃ夜目が効かないはずだ。よってお前の論にのっとるとアロンさんは犯人になり得ない」

 そう言って、カルメはコンレイの推理をばっさりと切り捨てた。コンレイは悔しげにカルメを見つめるも、うまい具合に反論が思いつかずぐうの音も出ないといった様子である。

「むう……じゃあアロンさんはいつ楽譜をテラスに落としたんですか?」

 尚も納得しきれないイオニアはアロンに訊ねる。確かにライトを殺した理由は違うかもしれないが、ガーデンテラスに楽譜が落ちていたという事実は確固たるものだ。

「だから私の物では……いや、もういいか。……確かにその楽譜は私のものだ。昨日の夜にケンドルホールで部屋を借りて、一人でこっそり歌の練習をしていたのだよ。結局昨日はホールに泊まり、朝になって自宅へ帰ろうとしたのだ。しかし、帰り道で楽譜が風に煽られ、テラスのほうに飛ばされてしまってね。いつもならテラス程度の高さはこの翼でひとっ飛びなのだが、生憎の雨で飛ぶことが出来なかった。どうしたものかと悩んでいた時、丁度君達がやってきたのだ」
「そ、そんなことだったんだ……」

 思いがけない展開に拍子抜けするイオニア。しかし次の瞬間、彼の頭に新たな疑問が浮かぶ。

「でも、ならどうして今朝会ったときあんなに慌ててたんですか?」
「……正直に答えてくれ。私が歌を歌っていると聞いて、君はどう思う?」

 逆に問い返されてしまった。イオニアは改めて目の前のハーピーをまじまじと見つめる。質実剛健、真面目一辺倒な雰囲気を醸し出す彼が歌を歌っているところはなんとも想像しがたい。

「そうですねー。ちょっと意外、というかびっくりするかも」
「そう、そうなんだ! しかもさっきカルメ君が言っていたように、使っているのは初心者用の教材なんだよ。……大の大人がこんなことをしているなんて、なんだか恥ずかしいだろう」
「別に気にすることでもないですよ。新しい趣味を始めるタイミングなんて人それぞれですからね」

 しゅん、と羽毛を縮こめて答えるアロン。カルメはそんな一連の流れを見てけらけらと笑いつつフォローを入れた。どうやら彼はアロンのことを犯人として見ていた訳ではなく、ただからかっていただけらしい。まったく性格の悪い従兄だ。イオニアはそう思いつつも、目の前にいるアロンが凶悪な殺人犯ではなさそうなことに内心ほっと安堵していた。

「できるだけ人に見つからないよう、夜中に部屋を借りて練習していたのだがな。しかし急な大雨に降られて徒歩帰りを余儀なくされるし、今日はとことんついてないよ。早朝はまだ天気も良くて飛行日和だったのだが」
 アロンはまだ少し湿った翼を撫でながら嘆いた。何気ない愚痴のように思えたが、カルメはそれに意外なほどの食いつきを見せた。

「ん!? 今日の朝って晴れてる時間帯があったんですか?」
「おや、君達は知らなかったのかい。さっきの大雨はずっと降り続いていたわけではなくて、今日の朝六時半ごろから急に降り出したのだ。天気予報では晴れだったからレインコートを持っていなくてな……帰り道はずぶ濡れになってしまった」
「そうだったんですか。わたし達は起きるのが遅かったので、てっきりずうっと降り続いてたと思ってました」
「六時半ごろか……」

 イオニアはイームズとローエ、二人の第一発見者の話を思い返した。イームズがライトの訪問を受けたのが午前六時ごろ。それから彼女達が死体を発見して憲兵隊の詰所に走った時には、既に天気は雨模様だった。
 ここでイオニアはかねてから感じていた違和感の正体に気づき、たまらず声を上げる。

「ねえ。もしかするとライトさんが殺されたのって、まだ雨が降ってなかった時間なんじゃない?」
「どうしてわかるんですか?」
「だってテラスに行ったとき、ライトさんが倒れてた場所だけ濡れずに跡になってたじゃん。これって、ライトさんが倒れこんでから雨が降り出したからだと思うんだよね」
 イオニアがぴん、と人差し指を立てながら説明すると、カルメもそれに同意する。

「僕もそう思う。ついでに言うと、キールくんが『宙に浮かぶ人影』を見たのもまだ晴れてたころなんだろうな。土砂降りの中でランニングする奇特な奴なんていない。……なるほど、だんだん辻褄が合うようになってきたぞ」

 カルメはやがて小さく頷くと、いきなり話題を方向転換させた。
「そういやイオニア達、さっきまで博物館の外に出てたんだよな。今はどんな天気だった? 日は照ってたか?」
「レストランに入る前は曇り空でしたけど、出る頃にはだんだん晴れてきてましたよ。たぶん今頃は雲一つない快晴です」

 コンレイが嬉しそうに言った。対するカルメはというと、何故か顔をしかめて微妙な表情。

「そうか。僕の見立てが正しければ、見つかるのも時間の問題だな」
「見つかるって、何がさ?」

 カルメはイオニア達のほうを一瞥し、いたって静かな調子でこう言った。

「そりゃあ勿論犯人だよ。ライトさん殺しのな」