6.一難去ってまた一難

「この料理……素朴な素材を使っているが味付けが丁寧で美味しいね」
「でしょ? 俺のお気に入りなんだ」
 カルメと戦士の一悶着が片付いた後も、彼らは食事を楽しんでいた。

「ん? なんか出入口辺りが騒がしくねぇか?」
 カルメの言葉を聞いて二人も酒場の出入口へ目を向けた。そこでは昼間の酒場には似合わぬ高貴な服装の女性を、先ほどの戦士に輪をかけてガラが悪く小汚い服装の男たちが囲い込んでいる。

「ようようお姉さん暇そうだなァ。オレ達と一緒にイイとこ行こうぜ?」
「なっ、なんなの貴方達! 私は全然暇じゃないわよ!」
 女性は懸命に振りほどこうとしているが、男たちの勢いに圧倒されてみるみるうちに酒場から連れ出されてしまった。

「この酒場に来るのはナンパ撃退ぐらいわけない奴ばっかなのに……珍しいな」
 カルメはそう言って酒の残りをすすった。他の客も手を止め、ぽかんと出入口に顔を向けている。
「ちょっと心配だね。様子を見に行った方がいいかも」
 イオニアは眉をひそめた。ふと隣にいるアイセルの顔を見ると、不自然なほど青白い色になっている。

「アイセルさん、どうかした?」
「この声、サリムさんかもしれない……!」
「え? 知り合いか?」
「私の婚約者であり、今回の旅行の同行者だよ。どうしてたった一人でこんなところまで」
「……もしかして、アイセルさんを追いかけてきちゃったんじゃ」
「貴族の令嬢が一人きりで!? ずいぶん肝が据わってんな」
「こうしちゃいられない! 助けないと!」
「ちょっと! 待ってアイセルさん!」
 アイセルは単独で酒場の出入口へと駆けてゆく。あわててイオニアも追いかけ外へ出ていった。

「くそ、運動ガチ勢め……!」
 手早く勘定を済ませたカルメだったが、既に剣士たちの姿はない。彼はアイセル達の足跡を手掛かりにして走り出した。

◆◇◆

「サリムさん! どこだ、いるなら返事をしてくれ!」
 我先にと酒場を飛び出し荒くれ共を追うアイセル。先ほどまでの穏やかな立ち振る舞いは影を潜め、その表情は焦り一色に染まっている。

「俺、あいつらが裏路地でたむろってるのを見たことあるよ。この道をまっすぐ行って左だ!」
「分かった!」
 二人の剣士は裏路地へと走ってゆく。目的地に着くと、そこには両手両足を縄で縛られ気を失っているサリムと大量の荒くれたちが座り込んでいた。

「おい君、サリムさんを返せ」
 アイセルは片手剣の切っ先を荒くれの鼻先に突きつける。いきなり純度の高い敵意を向けられた荒くれの一人は一瞬ぎょっとしたが、すぐに自らの得物へ手をかけた。
「ふん! ここら辺はオレらの縄張りだぜ? 文句があんなら出ていきな」
 荒くれの頭領らしい大男が凄んだ。しかしイオニアはその脅しを歯牙にもかけず、飄々と言葉を返す。
「ここら辺……ってこのせっまい裏路地一本だけ? ずいぶん規模の小さい賊なんだね」
「こンのガキ……!」
 挑発に乗った荒くれたちはいっせいに少年へ襲い掛かる。イオニアは一瞬アイセルのほうを向きアイコンタクトをとった。

(こいつらは俺が惹きつける。今のうちにサリムさんを助けてあげて!)
(ありがとう、助かる!)
 アイセルは剣を慎重に収めてそっと両腕でサリムを抱きかかえ、荒くれの陣地から救出する。そのまま裏路地の入口あたりまで下がり、サリムをかばいながら周囲を警戒した。

「さて、体術の実習といきますか!」
 よし! と気合を入れイオニアは目の前の敵に向き直った。数はそう多くないが、ここは先述の通り狭い路地である。囲まれればひとたまりもない。

「えっと……『ウェントゥス』だったよね?」
 イオニアは自分の片手剣に向かって呪文を唱えた。瞬間、剣は緑の風を纏う。
「さ、吹き飛ばされたい人は寄っといでー!」
 右手に片手剣、左手には小ぶりの短剣を構えてイオニアは踏み込む。彼が風の力を纏った片手剣を横なぎに払うと、荒くれ達はみな一様に吹っ飛ばされて勢いよく壁にぶつかり撃沈した。
 最後に残ったのは頭領の大男だ。その巨体で暴風の薙ぎ払いを踏ん張り、どすどすとイオニアへ向かってくる。

(ヤバい、距離詰めミスった!)
 イオニアの背後には路地の壁。片手剣はもう意味を為さない間合いである。短剣の柄頭でアッパーでもかましてみようか? と考えた矢先、急に足元の石たちがが浮かび上がって大男の顎を強打した。そのままくずおれた目の前の大男を狐につままれたような顔で見つめる。

「え? どゆこと?」
「はぁ、はぁ……どういうこととは……なんだ……せっかく助けて……やったのに……」
「カルメ君!」
 路地の壁にぐったりと身体を預け、まだ肩で息をしているカルメが言った。ひ弱な魔術師はつい先刻、やっとここへたどり着いたようである。彼の代わりにアイセルが言葉の後を引き取った。

「イオニア君があの大きな男に追い詰められていたとき、カルメ君が土魔法を発動させたんだ」
「なーるほどぅ」
 考えることが同じなのは流石従兄弟と言うべきか。イオニアはくすりと笑った。
「アイセル様、そのご令嬢の容体は?」
「大丈夫。眠りを誘う薬草で寝ているだけのようだ」
 ようやく息を整えたカルメが聞くと、アイセルは心底安堵したように答える。

「けれど、きちんとした場所で寝かせてやりたいな。カルメ君、今は何時だい?」
「え? 今は——夕方の六時少し前だな」
 急な話題転換に反応が遅れたものの、カルメは懐から時計を取り出して答えた。

「そうか、なら丁度いい。最後の仕上げに案内してほしい場所があるんだ」
 アイセルはそう言って、目的地の詳細を語りだした。