7.宙に浮かぶ人間

 ローエの部下の憲兵が持ってきたのはまず《近隣の宿屋に『ライト』という青年が泊まっていた》という報告である。これにより、晴れて死んだ探偵の身元確認が完了した。その情報のみならず、彼はなにやら重要な目撃情報を持っているという少年を連れてきた。

「では、私は引き続き聞き込みに戻ります」
 ローエに敬礼した憲兵はきびきびとした足取りで警備室を後にした。そうして残ったのは、ローエ、カルメ、イオニア、コンレイ、そしてイオニアの級友、キールである。一同が簡単な自己紹介を済ませた後、ローエは早速事件の目撃者に問いかけた。

「じゃ、証言を聞かせてもらいましょうか」
「はい。おれは早朝にランニングするのが趣味で、今日も朝早くから町をぐるっと走ってたんです。で、博物館の敷地内を走ってたとき、二階のテラスで妙なものが動いてるのが見えたんですよ。ちょっと気になって、おれはテラスの近くの道を通ることにしました。そうしてテラスに近づいたとき、おれは信じられないものを見たんです」

 キールはいったん話をそこで切ると、もったいぶったようにおほん、と咳払いをする。次の瞬間彼の口から飛び出してきたのは、耳を疑うような言葉だった。

「テラスに立っていた人が、ふわーって浮かび上がっていったんです。それを見たおれは怖くなってそのまま家へ逃げ帰ったんで、その後のことはわからないんですけど……。とにかく、人間の男の人がふわって! ひとりでに浮かんだんですよ!」

 キールは興奮したようにまくしたてた。彼による一連の証言を聞いた人々のうち、一番初めに自らの見解を口にしたのはローエである。それから間髪入れず、張り合うようにカルメも言葉を重ねた。
「ハーピーじゃあるまいし。人間が浮かぶなんて話、にわかには信じがたいわね」
「状況から見て、その人間の男の人ってのは被害者のライトさんでしょう」

「わたしもそう思います。ライトさんは浮遊魔法を唱えて浮かんでたんですかね?」
「いや、浮遊魔法は自分自身に対しては使えない。もしコンレイの言う通りならどこか近くに別の術者がいたはずだ。キールくん、その近くで不審な行動をしていた奴を見たりしなかったか?」
「ごめんなさい、おれはすっげえ気が動転してて一目散に家へ走ってたんですよ。だからあんまり周りを見てなくて」

 カルメに問われたキールは申し訳なさそうに答えた。不審な行動、という言葉にぴんときたイオニアは口を挟む形で彼らの会話に加わる。

「そういえばさ、ここに来る途中で変なハーピーさんを見かけたよね。あの人、ガーデンテラスを気にしてたみたいだったけど」
「変なハーピー? ちょっと詳しく聞かせてもらえるかな」
「ガーデンテラスの下の外壁の近くで、上を見上げてうろうろしながら何かを探してる男の人がいたんです。羽毛は黒くて、髪の毛は赤茶色で、どこかの制服っぽい服装でした」
 イオニアがローエに告げると彼女はぽん、と手を打った。

「ああ、それなら多分ここの警備員のアロンさんだわ。ハーピーはこの町にあんまりいないもの。けど、なんだってそんな回りくどいことしてたのかしら? テラスへの落とし物なら、正面から堂々と博物館に入って探せばいいのに」
「何かやましい事でもあったのでは?」

 意地の悪い笑みを浮かべたカルメが答える。むう、と口を尖らせ彼を睨んだローエがすかさず反論した。

「アロンさんに限ってそんなことはないわよ。あの人はどんな石像よりも堅物で、真面目が翼を生やして飛んでるようなハーピーよ」
「それが本当かどうか確認する意味でも、もう一度その人に会ってみたいですね。ローエさん、アロンさんのお宅はご存知ですか?」
「流石にそこまでは覚えてないなあ。イームズに聞けば分かるかもしれないけど、あの子もう寝ちゃったしね」

 ちら、と仮眠室の扉を見ながら答えるローエ。流石に今から起こすのは可哀想だと思ったのだろう。

「まあ、それなら仕方ないです。ローエさん、ライトさんの死因は判明してますか?」
「首を太いロープのようなものでぎゅっと絞められて死んでいたわ。要するに絞殺ね。……面白いのが、ライトさんの持ち物の中に太くて丈夫そうなロープがあったことなのよ。まるで未使用品かのように綺麗に仕舞われててね。ちょっとかちんときちゃったわ」
「じゃあ犯人は、ライトさんを殺すのに使ったロープをそのまま死体の荷物に入れたってことですか?」

 犯人の奇怪な言動に首を傾げるコンレイ。ローエは淡々と説明を続けた。

「その可能性は高いわね。といっても、確認する手段もないけれど」
「ほう、ロープか……すみません、気になることができたので、僕はこのあたりで席を外します」

 ありがとうございました、と丁寧に一礼し、警備室の扉の前へと向き合うカルメ。しかし彼はそのまま出ていくことはせず、くるりと回れ右。ローエの方へびし、と指差しした。

「憲兵が優秀なのは百も承知だが、こちとら仕事で文献読みまくったりして謎解きには慣れてんだ。犯人を捕まえるのは探偵である僕だからな!」

 どうやら憲兵のほうにライバル意識を持っていたのは、探偵の方も同じらしい。カルメは先程までとは打って変わっていつもの乱暴な口調でそう言い放ち、警備室を後にした。