11.名探偵と迷探偵

「お邪魔しまーす」

 イオニアは形式的にドアをノックしがちゃりと開ける。すっかり見慣れた警備室では、もっと見慣れた青年とあまり見慣れない男性が何やら話をしていた。見慣れたほうの青年はこちらに気付くと気安く手を振る。

「おうイオニア、ご苦労さん。おかげで椅子の調査が捗ったぜ」
「いえいえー。ところでその人はもしかして……」

 カルメと相対している男性の黒い翼には見覚えがあった。イオニアが問いかけようとするよりも先に、翼の主が話し出す。

「この子達がカルメ君の友達か。私はアロン、ここの博物館の警備員だ。今朝は迷惑をかけてすまなかったね」

 アロンと名乗ったハーピーは朝とは打って変わって落ち着き払った様子である。本当に彼は今朝のハーピーと同一人物なのだろうか? そう疑ってしまうぐらい、イオニアの記憶の中にある彼とは乖離しすぎていた。彼は少し調子を狂わせつつも、コンレイ共々挨拶をする。

「そうだカル兄。さっきコンレイさんと一緒に、外でお昼ごはんを食べてきたんだ。これはそのお土産だよ」
「さんきゅ、気が利くな」

 カルメはイオニアからケーキの箱を受け取ると早速警備室の机に出して食べ始めた。流石に公共施設を私物化しすぎではないか、と思ったが、イオニアが注意するよりカルメが食べ終わる方が早かった。どうやら相当お口に合ったらしい。彼は口元を手できゅっと拭うと、さっさと話を戻した。

「椅子の調査が一通り終わって警備室に戻ろうとしたら、ばったりアロンさんに出くわしたんだ。で、そのまま聞き込みがてら駄弁ってたのさ」

 聞くところによると、彼はイームズの後の交代要員として出勤してきたそうだ。

「何か分かったことはあった?」
「そりゃ勿論。 僕を誰だと思ってやがる、ケンドル王国一の名探偵カルメだぞ」
「そっか」
「おい、なんで反応が薄いんだよ! 珍しく僕がボケてやったのに!」

 つい先程全く同じ言い回しを聞いたイオニアは、カルメの下手なボケを華麗にスルー。というか、彼の自信満々な態度では本気で言っているようにしか見えない。カルメによるうざ絡みの兆候を察して、まともに取り合う意欲を削がれたイオニアはそそくさと話題を変えようとした。

「そうだ。コンレイさんが持ってるこの楽譜って何の曲か分かる?」

 コンレイは肩掛け鞄から一枚の楽譜を取り出し、この場にいる全員へ見えるように広げる。カルメはすぐにぴんときた様子で答えた。

「この曲はケンドル王国の声楽教育で使われるソルフェージュ用の曲だな。しかもこれは初級も初級、ド初級のやつだぜ」

 その楽譜を目に止めてぎょっとした表情を見せたのはアロンである。彼はコンレイの翼から目にも止まらぬ速さで楽譜をひったくると、傍らにいる一行の不審そうな眼差しに気付いて取り繕うように言葉を発した。

「す、すまない。この楽譜は私のも……め、姪っ子のものなのだ。コンレイさんが拾ってくれたのかい」
「あっ、はい……」
「良かった。てっきりもう戻ってこないかと思っていたよ、ありがとう」

 有無を言わさぬ態度で楽譜をそそくさと懐にしまうアロン。コンレイはあっけにとられたままだらしなくぽかんと口を開いている。姪っ子と言葉を濁しはしたが、この反応を見るに十中八九本当の持ち主はアロンその人だろう。素直に名乗り出ないのはやはり自分が事件の犯人だからだろうか。コンレイの推理を裏付けるような彼の反応に、イオニアは内心で高揚していた。

「そうですか、アロンさん……の姪御さんのものでしたか」

 何でもないように装いつつも、わざと『アロンさん』の部分を強調しつつ復唱したカルメ。アロンはぴくりと体を震わせ反応したものの、すう、と息を吸って心を落ち着かせようとしているふうに見えた。カルメはそんなアロンの姿を、おもちゃでも見るような楽しげな目で見つめている。対するアロンは蛇に睨まれた蛙のように、歴戦の戦士に睨まれた虚弱な魔物のように、探偵に睨まれた犯人のように縮こまっていた。怪しい。確実に怪しい。イオニアはその姿を見て、確信をもって断言した。

「やっぱり! アロンさん、あなたが椅子盗みとライトさん殺しの犯人ですね!」
「あーっ! こらイオニアくん、それはわたしの台詞ですよ!」

 はっといつもの調子に戻ったコンレイが突っ掛かる。イオニアとコンレイがわちゃわちゃと言い合っているなか、アロンは虚を衝かれたような顔をした。

「私が椅子窃盗と殺人事件の犯人? どうしてそうなるのだ?」
「ふっ、あはははっ! お前らまじで言ってんのか!?」

 イオニア渾身の指摘を聞いたカルメは心底面白がって笑っている。久々に見た彼の大爆笑にイラつきながらイオニアは反論した。

「まじもまじまじ、大真面目だよ。コンレイさんやっちゃって!」
「バトンは受け取りました、名探偵コンレイ始動します!」
 謎の掛け声を口に出しつつ、コンレイは先程レストランで話した内容と同じ推理をカルメ達に披露した。カルメは大人しくそれに耳を傾けていたが、話が終わるや否やすかさず声を上げる。

「つまりお前はライトさんが殺されたことについて、『イームズさんが明かりを点けに行くまでの僅かな時間に顔を見られたから、犯人は現場に戻ってきてライトさんを殺した』って言いたいんだよな。その理由付け自体は十分あり得る話だと思うが、前提からして間違ってるぜ」